リンカーネイション

10まんぼると

或る日の事

 俺は仕事が終わって家の扉を開ける。

「ただいま」

一人の寝息が聴こえてくる。そんな彼女の横を通ってリビングへ向かう。俺は気づいている。彼女が離婚届を持っていることを、そしてそれを差し出すことはないということを。だってそういう関係なのだから。大学のサークルで出会って付き合い始めた俺たちは卒業した後同棲をすることにした。彼女の今まで見せてこなかった内面的な部分が見えるようになる。そして、俺も彼女に見せるようになる。いい所も悪い所もあったが、お互いマイナスな感情の方があったのだろう。喧嘩続きの毎日だったがいつしか殆ど関わらなくなっていた。でも、今は気を遣わなくていいこの関係が1番丁度いいのかもしれないと思う。帰りにコンビニで買ってきた冷凍食品を温めて、それを食べてベットへ向かった。いつもと何も変わらない日だが、それに幸福も不満もある訳では無い。ただ過ぎていく日々を歩めればそれでいい。だって彼女と別れたとして、他の人と出会えるか、その人が彼女よりもいい人が分からないんだから。彼女がどう思っているかは知らないが俺と殆ど同じはずだ。だから、別れを切り出すことの出来ない2人はすぶずぶになりながらも暮らしている。

朝起きて会社へ向かう。面接に1発で受かった僕と、バイトでのんびりとしている彼女とでは時間帯が合わないため出会うことはない。いつものようにスーツを着て、鞄を持って駅へ歩く。線路沿いにバラの花が沢山咲いているのを見て僕はこう思う。

「バラもよく見るとひとつひとつ形が違う。だから、俺と彼女のような愛の形があってもいいだろう」

急に詩人みたいだなと自分で考えておきながら苦笑する。電車の中から彼女がバラの横に立っているのが見えた。一体彼女はそれを見て何を思うのだろう。

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