第3話

《優吾》


 気がつくと、俺は見知らぬ部屋のソファーに腰をかけていた。

 目の前に見えるのは空の皿に、食べかけのバニラアイスの乗った皿。横を見ると仲睦まじく食事を楽しむ家族の姿がある。そこでようやくここがファミリーレストランであることがわかった。


 場所はわかったものの状況は全く理解ができない。どうして俺は昨日と同様ファミリーレストランで食事をしているのか。そして……


「優吾、何かあった?」


 向かいの席にいる詩音が俺を心配する。なぜ、詩音と俺は食事をしているのだろうか。


「えっと……今、何している最中だっけ?」


 少し時間をとって別人格の記憶を辿ろうかと思ったが、詩音との沈黙が気まずかったため彼女に聞くことにした。


「はあ!!」


 詩音は俺の言葉に驚きの声を上げる。ふと周りの人たちが俺たちを見る。そこでハッと気づいた詩音が周りに謝罪をした。それから再び俺の方を向くと呆れたような表情を見せる。


「さっきまであんなに淡々と喋っていたのに……急にボケられても困るんだけど……これ」


 そう言って、詩音は自分の持っていたスマホを俺に向ける。スマホにつけられたカバーから俺のスマホだと言うことが分かった。なぜ詩音が俺のスマホを。

 画面を見ると俺は思わず、眉をあげ、食い入るようにスマホに映った写真を見た。


 詩音の彼氏と内とは違う制服を着た女子生徒。互いに腕を組んで体をくっつけあいながら歩いている。仲睦まじいでは済まされない。彼らは間違いなく恋人同士だった。

 そこでようやく状況を飲み込むことができた。


 別人格が彼氏を尾行して、この写真を撮ったのだ。詩音の言っていたことの真偽を確かめるために。でも、なぜそんなことをしたのか。


「これを見せた後に、優吾から自分の正直な気持ちを話すって伝えられたから待ってたのに。今、なにしている最中って……私をからかっているの?」


 詩音の言葉で、別人格の動機を理解した。全くいらない世話をかけやがって。それにこの状況で変えられたら逃げ場がない……まさか、それを狙ってわざと変えたのか。


「あー、なるほどね」


 誤魔化しつつ、頭の中で次の行動を考える。このままからかってたことにして終わらせるか。でも、きっと詩音は今、意気消沈しているに違いない。からかってたことで終わらせてしまえば、俺たちの今後の関係にヒビが入るのは間違いない。


 別人格め。本当にとんでもないことをしてくれたな。

 俺は一度深呼吸をする。ゆっくり息を吐いて冷静さを取り戻していく。引いてヒビが入るのならば、押すしか方法はない。これでダメでも、結局は同じ道を辿るだけだ。


「あのさ……俺の正直な気持ちなんだけど……できれば、彼氏とは別れて欲しい」

「……」


 詩音は瞳を大きくすると微かに息を吐いた。俺は構うことなく続ける。


「詩音から付き合ったって聞いた時、俺は心の中にポッカリと穴が開いた気分だった。それで気づいたんだ。俺はお前のことが好きなんだって。だから……俺と付き合って欲しい」


 俺は視線を逸らすことなく詩音の瞳を真っ直ぐ覗いた。身体中が熱を帯びているのが分かる。それは詩音も同じだった。頬は赤く染まり、瞳は潤っていた。


 やがて噛み締めた唇を緩めると口を小さく開いた。


 ****

 

「こんなんでいいか……」


 翌日、俺は学校への支度を終え、昨日の出来事をノートに書いていた。別人格には言わなければいけないことが山ほどあった。一日では書ききれないほどに。一人で勝手に行動しやがった罰として、来月に向けてのテスト勉強は全部あいつに押し付けてやろう。


 ノートを見返していると不意にピンポーンとチャイムが鳴った。次いで母さんが俺を呼ぶ声が聞こえる。返事をすると、俺はバッグを持って玄関を出た。


「おはよう」


 門戸の前には垂れ流した長い髪をポニーテールに結んだ詩音の姿があった。


「髪型変えたんだ」

「新しい私に生まれ変わるためには、まずは形からってね」

「なんだそれ」


 門戸を開けて、詩音の隣に立つ。そのまま二人で学校に向かって歩いていった。

 昨日の晩の告白を詩音はその場で承諾してくれた。彼氏にはその後、電話で別れを告げた。彼氏に対して有無を言わせず、一方的に別れを告げて切る姿に俺は恐怖を感じた。詩音だけは怒らせないようにしようと心に誓った瞬間だ。


 別人格の御膳立てには鬱陶しさを感じたものの、結果的にうまく行ったのだからなにも言うことはできなかった。だから、悪口を書いた後、それを帳消しにするように褒めることにした。ただ、言葉が浮かばなかったので、先ほどまで時間を要することとなった。


「ねえ、私たち恋人なんだよね。なら、手……つながない?」


 詩音はそう言うと不意に手を差し出す。俺はその仕草に胸がドキッとするのを感じた。流石は一度付き合っただけはあるな。非常に行動的だ。

 俺は否定することもなく詩音と手を繋いだ。


 繋いだ瞬間、詩音は俺に向けて言葉を紡いだ。それは俺が別人格に言った言葉と同じでなんだかおかしくて照れ笑いを浮かべた。それから俺も同じセリフを口にした。


「これからもよろしく」

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【短編】これからもよろしく 結城 刹那 @Saikyo-braster7

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