第一章 物騒なプロポーズは突然に⑤

「ヴォルフ様! 早まられるな!」

「げっ! そくじつおそおうとするとか、マジドン引きなんですけど」

 赤色の髪の男性と、青色のショートボブヘアの少女──。騎士とメイドといった装いの二人が、それぞれヴォルフとフェルマータにけ寄り、慌ててほぼゼロきよから引きはなした。

しんちようになさいませと申し上げたはず! ごういんな手段はけるよう、私は何度も……!」

 赤髪の男がものすごいけんまくでヴォルフをどやしている。ヴォルフを「様」付けしていたことから、彼は部下や家臣の身分と思われるのだがようしやがない。ヴォルフが「時間がなかったのだ」とムッとした様子で反論するも無駄であり、しかめた顔で主人を部屋のすみへと追い立てている。

(このじようきよう、いったいなんなの?)

 ホッとしたからか、ようやく思考と感覚がもどって来たらしい。フェルマータは自分の背中に燃えるような熱さがあることに今さら気が付き、「ううう……」と苦しげな息をき出した。森にいた時と同じだ。【砂時計の刺青いれずみ】から蒼い炎が揺らめき立っている。

「わっ。蒼い火ぃ出てんだけど! あの話って、ホントだったん? やっぱ、辺境伯に何かされてんじゃん!」

 メイドが心配そうにフェルマータをのぞき込むと、それを聞いたヴォルフはだまってはいなかった。

「おい。俺が危害を加えたと言いたいのか」

「しかないじゃん。アホ辺境伯!」

「いい度胸だ、ブルーナ。表に出ろ!」

 メイドがふてぶてしく舌打ちし、ヴォルフが声をあららげる。

 あぁ、こいつらうるさいなと、フェルマータが黙って背中の熱にえていると──。

「心配はご無用。むしろ、刺青のそうえん反応はかんげいすべき現象です」

 赤髪の男がり返り、フェルマータに向かって微笑ほほえみかける。そして人当たりの良い笑みを浮かべたまま、やや乱暴にヴォルフの右手首をグイとつかまえ、彼の右手の甲にあるのろいの刺青をこちらに向けて見せて来た。

 すると、フェルマータと同じ蒼い炎が、彼にもゆらりと揺らめいているではないか。そういえば、けっこう前から燃えていたような気がする。

「ヴォルフ様は平然としていらっしゃいますが、この【砂時計の刺青】も蒼炎を帯びております。聖女様も同じでしょう」

「そう……だけど」

 フェルマータが目をしばたかせていると、じよじよに小さくなってきた炎にメイドが手でれ、「私がさわっても熱くないや」とおどろきの声を上げている。

 そして、赤髪の男の口からしようげきの事実が告げられた。

「【砂時計の刺青】の蒼炎反応は、呪いが解けつつあるあかし。【死神】による呪いを受けた者どうしが愛をはぐくむことで、その呪いが解けるのです。ただし、呪いがあればだれでもいいというわけではない。呪いにもあいしようがありますから。つまり、聖女様と我が主──ヴォルフ様は運命で結ばれた存在なのです」

(聞き間違い? 愛とか運命とか聞こえましたけど?)

 フェルマータはぎょっとして、赤髪の男を見つめ返す。

 だが、彼のまなしは至って真剣そのもの。「ドッキリ大成功!」などといったふざけたふんじんもない。

「いやいや、運命って。愛で呪いが解けるなんて」

「ナギア王国一の【死神】学者の見解です」

「そんなの初耳よ」

「三年間森に引きこもっておられたからでしょう。最新の研究結果ですよ」

 赤髪の男は、ものごしやわらかな口調でフェルマータを論破していく。そしてトドメの言葉は、

「実際、聖女様はヴォルフ様に愛までとは言わずとも、感謝の念をいだかれたのでは? そして蒼炎反応が起こり、昨日までだったはずの寿じゆみようが延びておられる」

 である。

 これにはフェルマータも「たしかに」とうなずかざるを得なかった。

(たしかに、危ないところを助けてくれて感謝したし、二十歳はたちの誕生日をえても生きてるし……)

「で、でも! だからって、いきなりされて、妻になれとか愛せとか言われても無理よ!」

たがいの呪いが解けるまでの一時的なけいやくけつこんだ。俺が死した後は自由にしてかまわん」

 フェルマータはてんがいベッドの上からえるが、当のヴォルフがたんたんと切り返してくることが腹立たしい。

 かつて、愛を信じた末にこっぴどく裏切られた身なのだ。フェルマータにとって、人を愛することは十分にトラウマになっていた。

(ケビンは私を自分に相応ふさわしいと思って、そばに置いていただけだった。打算的な愛なんて、私はもうらない)

 そんなフェルマータの胸中を知ってか知らずか、あかがみの男は少し身をかがめ、フェルマータに小声で耳打ちをしてきた。

「あなたが無理に主を愛する必要はありません。主から愛されるだけで、あなたの呪いは解けるのですから」

 と。

 フェルマータの真隣にいるメイドにも聞こえていたらしく、彼女は「家臣のくせに」と批判めいた感想をつぶやいた。

 聞こえていないのはヴォルフだけ。彼には気の毒だが、フェルマータにとっては朗報だ。

「形だけでも妻になって生活していれば、ご主人様の良い所が見えてきて、きっと好きになってくれるはず……とか思ってる? 甘いわよ」

 フェルマータはちようせん的な笑みを赤髪の男に向けた後、腹をくくり、堂々とヴォルフの前におう立ちをした。

 やはり、バケモノと呼ばれる【不死のおおかみ】というだけある。彼に真正面から向き合うだけで、そのするどきんちようかんに思わずおびえそうになってしまう。

 けれどおくしてはならないと、フェルマータは自分に言い聞かせる。なぜなら彼は──。

「これからよろしくお願いします。だん様」

 仁王立ちから一変。ぼろぼろになった聖職衣のすそを軽く持ち上げながら、フェルマータはヴォルフにあわく微笑んでみせる。

(もう、誰も愛したくない。だけど、死にたくはない。なら、やるべきことは決まってるじゃない)

 ヴォルフの金色のせきがんが大きく見開かれ、ひとみの中にフェルマータが映し出されていた。

「……貴様と俺ののろい、必ず解くぞ」

「えぇ。呪われ婚の終わりを目指して──」

『死にたい』と『生きたい』をかなえるために──。

 あぁ、聖女なのにこんないつわりの笑顔をり付けて……。先生におこられてしまいそうだと、フェルマータは恩師の顔を思いかべたが、もう後には引けない。

(私の呪いさえ解けたら、こんな契約結婚、すぐに解消してやる。それまでせいぜい全力で愛してよね、【不死の狼騎士】様)


    ● ● ●


 王都に在するゾタ教会に、一人の男が静かに入って行く。

 黒茶色の長い髪を垂らしている、中性的な顔立ちの若い男。ゆるりとした司祭用の聖職衣に身を包み、光を失った目を閉じたまま歩を進める彼の名は、ドルマン・エンセント。他者を寄せ付けないあつとう的な神聖術の使い手で、異例にも二人目のゾタ教会最高位の職──大司教に選出された男だ。

「今日は一段と熱心にいのっているのですね」

 ドルマンがおだやかな視線を向ける先で、細身の中年の男が祈りをささげていた。

 浅黒いはだたてえりの聖職衣をまとっており、かたわらには、かつてゾタ神が振るったとされるしんじようが置かれている。

「当然だ。今宵こよい、また一つの命が【死神】によってうばわれたのだからな」

「命……というと?」

「ドルマン。貴様、はくじようやつめ。今日はルークライトが呪いで命を落とす日だ」

 男は神杖を手に取ると、いらった態度でドルマンをにらみつける。

「そうでしたね。もう三年ちますか……。あの子──、フェルマータ・ルークライトのたましいが、再びこの世に生を受けた時には、また出会いたいものです」

「そうだな。その時代には【死神】をほろぼすことができていたらいいのだが……」

 再び目を閉じ、主であるゾタ神に祈りを捧げるこの男の名は、アデラール・ミレー。フェルマータが追放された後に、ケビン王子の傍付きの任を引きいだ聖職者。

 そして、たみの声に耳をかたむけ、しんに寄りう人望厚き大司教である──。

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薄命聖女と不死の狼騎士の呪われ婚 死ぬ運命だった二十歳の誕生日に「俺を殺せ」と求婚されました ゆちば/角川ビーンズ文庫 @beans

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