第一章 物騒なプロポーズは突然に④

 気が付くと、ガラスで覆われたいびつな形の空間にフェルマータはいた。足元にはあかいろの砂がまっており、ブーツの中に入り込んできて気持ちが悪い。

 そしてガラスの向こう側に立つ人々が、フェルマータのことをまるで見世物を見るかのような目でながめ、指を差してくるではないか。

「魔女」

けがらわしい魔女」

「【のろいの魔女】」

 やめて! 私は魔女じゃない! そんな呼び方しないで!

「婚約だ。魔女」

 ケビン、あなたまで……! 私はあなたの代わりに呪われたのに!

 愛していた人の姿まで見つけてしまい、フェルマータの胸はくやしさと悲しさでこわれそうになってしまう。

 けれど、その寸前で頭上からサラサラと何かが降ってきた。紅い砂である。

 そう。フェルマータは砂時計の中にいたのだ。

 ダメ! 砂が落ち切ったら死んでしまう! 私、まだ死にたくない!

 だれか! 誰か、助けて!

 けれど、魔女と呼ばれるフェルマータを助けてくれる者などどこにもいない。みな、砂時計の外側から冷たくあざわらっているだけだ。

 たった一人を除いて。

「聖女。生きたくば、俺の妻となり、俺の呪いを解き、俺を殺せ」

 金色のせきがんが、こちらに手を差し伸べている。

 するどい眼光にかれ、フェルマータはかつとうれるが──。

ゆいいつ、私を聖女と呼ぶのが【不死のおおかみ騎士】だなんてね」

 砂時計のガラスにピキピキとれつが走り、フェルマータは騎士が差し伸べていた手をつかんだのだった。


    ● ● ●


 どのくらいの時間、飛竜で移動していたのか分からない。

 フェルマータのおくは、上空へとい上がった飛竜からまめつぶのようなしん殿でんを目にして以降、ぷつりとえていた。つまり、気絶である。

 その間、呪われた砂時計の中に閉じ込められるという悪夢を見ていたのだが、目が覚めた時に掴んでいた手は、夢に出て来た隻眼の騎士と同じものだった。

「ひっ! 【不死の狼騎士】!」

「手を掴んできたのは貴様の方だ」

【不死の狼騎士】ことヴォルフは、全身ぜんれいきようを示すフェルマータを理解不能と言わんばかりにいちべつする。いっそうこわい。

 そして、同時にフェルマータは気がついた。今、自分がヴォルフにおひめさまっこされていることに。今いる場所が、見知らぬしきの誰かのしんしつであることに──。

「キングサイズのベッド……!」

 に大きなベッドが部屋の中心に置かれている。金色のてんがいに囲まれた真新しいそれは、あまりに大きすぎて部屋の半分以上のスペースをめてしまっており、どうみてもアンバランス。発注を間違えてしまいましたと言わんばかりのサイズ感だし、ベッド以外には何もない部屋だった。

(なんだこれ)

「思わずれたか? 女は天蓋の付いた寝台が好きだと、兄上の書物に書いてあったのだ」

 フェルマータが「は?」とヴォルフを彼のうでの中から見上げると、ヴォルフは少々得意げな表情をかべているではないか。

(こんなみたいにでかいベッドは、お姫様ベッドとは言わないわよ。暴君ベッドよ!)

 フェルマータがそうさけぼうとした時、不意に身体からだがふわっと宙に浮いた。正確には、えがくようにベッドに向かってポイと放り投げられた。

「きゃっ」

 意図せず、乙女おとめの悲鳴。

 フェルマータは、あおけの体勢でベッドにしずみ込んでしまう。はちみつ色の長いかみが真っ白いシーツの上に広がり、づらはドキドキキス待ちのお姫様だ。

「ちょちょちょちょ、ちょっと待って!」

 おおあわてで起き上がろうとするも、ヴォルフがばやくベッドに乗り上げてきて、フェルマータの顔のすぐそばに両腕をき立てる。つまり、かべドンならぬベッドドンである。

「今日は、俺と貴様のけつこん記念日だと言ったはずだ。案ずるな。手順はとくしている。貴様は俺に身をゆだね、ただ愛され、愛せばいい」

「めっ、めちゃくちゃなこと言わないでよ!」

「ふむ。めちゃくちゃにしてくれ、の言い間違いか?」

 このろう。耳と目がくさってんのかと、フェルマータは顔を真っ赤にして「ちがうわよ!」と、ヴォルフに向かって言い放つ。

 もしや、この赤面が照れた喜びの顔に見えているのだろうか。いやいや、そんなことあってたまるか。

「誰が、【不死の狼騎士】なんかと……!」

い口だ」

 ヴォルフのひんやりとした右手指が、フェルマータのあごえられる。

 フェルマータが不本意ながらも思わずドキリとして言葉をみ込んでしまったのは、ロマンス小説の読みすぎのせいかもしれない。そして、自身に男性とのみつげつな経験がないためか──。

(あ、これ流されちゃうやつ……)

 ヴォルフの右手こうあおほのおが揺らめく様を見つめながら、フェルマータはハッと息を呑む。

 その時だった。

 寝室のとびらが乱暴にり開けられ、血相を変えた男女が飛び込んで来たのは。

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