第九話:高級食材、ゾンビ

 太陽が沈みかけている時に、集落に到着した。奇妙なほど温かい夕暮れだった。レストランに入り、早めの夕食を取ることにした。店は小高い丘の上にあり、テラス席からは村全体が見渡せた。教会を中心に、レンガの家々が並んでいる。箱庭のように美しい村だった。注文を待っている間、スーツケースから一冊の本を取り出した。ガイドブックだ。

「何を調べてるんだい」とシモンが言い、「泊まる場所を調べてるの」と答えた。私の問いは、彼を驚かせたようだ。

「てっきり、教会に泊まるものとばかり思っていたけどね」

「冗談でしょ? レベル1の所持金がない勇者じゃあるまいし」

 この村では、三ツ星ホテルが関の山で、一つしかなかった。赤い屋根と白い壁、庭には花が咲き乱れている。『サング・ホテル』、悪くなさそうだ。ウェイターを呼んで、私は言った。

「この店で一番良いワインを出して」

「かしこまりました、マドモアゼル」

「あと、このホテルの予約をしてくれるかしら」

「もちろんです。お連れ様とお二人でよろしいですか?」

 私は頷き、ウエイターは足音を立てずに去って行った。胸の小さい女性で、神経質そうな顔をしていた。紫色の艶やかな長髪を、きっちりとポニーテールにしている。この手のウエイターは、やりやすい。マナーさえわきまえていれば、充分なサービスを提供してくれる。

「サラ、あのね……」

 シモンが戸惑いながら口を開いた。

「この先、長い旅になる。最低でも一年だ。お金は考えて使った方が良いんじゃないかな」

「どうして? なくなったら、稼げば良いじゃない」

「へえ、感心だね。もらえば良いじゃない、と来ると思った」

 それも可能だ、しかし実の親ではないと知った以上、何だか後ろめたかった。集落まで流しの、法外な値段の馬車を使ったので、いささか懐は心もとない。しかし国の外に出た以上、確実に金を稼ぐ方法はあった。

「このレストランに入ったのは、別にぜいたくしたかったからじゃないわ」

「……あぁ、そういうことか。『食材リスト』をもらうためだね」

「そう。一流レストランなら、モンスターの買値も高いでしょ」

 国の外にいるモンスターの中には、高級食材に化ける物もいる。それをレストランに卸せば、それなりの値段で買ってもらえる。

「土地によって、高く買い取ってもらえるモンスターは違う。だから聞き出そうってわけか。でも……」

「ええ。もちろん違法よ」

モンスターを卸せるのは、正規のライセンスを持つ卸売業者だけと決まっている。これは5つの国とも共通である。彼はニヤリと笑った。見事な歯並びだった。

「法律なんて関係ないってわけか。さすが大悪党のお嬢さんだ」

彼が言い終わると、ウエイターの女性がワゴンを運んできた。アイスクーラーに入れられたボトルワインと、グラスが二つ乗っている。彼女はそれらを驚くべき平静さで注ぎ、注文を聞いてきた。私は応えた。

「一番良い食材を使ったものを食べたいな。値段は気にしないから」

 沈黙。彼女は顎に手を当てて、少し考えているようだった。辺りを見渡し、沈みゆく太陽以外には目立った存在はないことを知り、小声で告げた。

「ゾンビです。彼らの肉が、この地方では最も高値で買われています」

「ゾンビだって?」

 シモンは飲みかけたワインを吹きそうになっていた。

「ええ。ここ、金の国と土の国の間では、特殊な鉱石が取れます。その包丁でゾンビを調理をすれば、食べた者もゾンビにならないのです。滋養強壮の効力でも知られているので、健康志向の方に人気ですね。少々、お待ちください……」

 彼女は厨房へ下がり、トレイに二皿ほど料理を乗せて帰って来た。

「こちらゾンビのジャーキー。肉を乾燥させることで、臭みが消えます」

 一見、普通のジャーキーと変わらない。私はそれを口に運んだ。塩辛い旨味が広がる。ワインのペアリングとしてもぴったりだ。

「次に、ゾンビのサラミ。肉を塩や香辛料で漬け込んで、乾燥させたものです」

 ご丁寧に、パンやチーズも付けてくれている。まろやかで、これもワインに合う。シモンもぺろりと完食していた。

「もっとグロテスクな料理が出てくるかと思ったけど、安心したよ」

「そのようなものを、お望みですか?」

 彼は目をそらした。ウエイターの女性が、どこか狂暴な目つきで彼を見やったからだった。

「ねえ。それらを獲って来てあげても良いんだけど」

 彼女は首を振った。やめておけ、という意味らしい。

「今まで貴女たちの他にも何名か、同様の申し出をしてきました。なぜなら……」

 教会の鐘が鳴る。太陽は沈み、家々に橙色の明かりがぽつぽつと灯って行った。愛らしい光景だが、どこか違和感がある。私が違和感の正体に気が付いた時、彼女が言葉を発した。

「この村には、ゾンビが出現するからです。だから日が沈むと、絶対に外に出ません」

 そう。家に人の気配があるものの、外出している人が、誰もいなかったのだ。


「ははは。ゾンビだって?」

 シモンはおかしくてたまらないといった様子だった。アルコールで上気した顔は、少しセクシーだった。

「ウエイターさん。僕は、色んな国を見て来たよ。でもゾンビなんて、見たことないな」

 真っ先に死にそうな発言である。そうして想定通りの回答を、ウエイターの女性は返した。

「なら、実際に行くと良いでしょう。先ほど予約したサング・ホテルの近く、教会の付近に出ると聞きますよ。そうですね、ゾンビの肉を持ってきていただけたら、百グラムあたり一万ゴールドをお支払いしましょう」

「五万ゴールド」と私は言った。

「市場では、百グラムあたり十万ゴールドでしょう」

「……さすが、よくご存じで」

 彼女は唇の端を少しだけ上げた。それが彼女なりの笑い方なのだ。すっきりとした目元で、クールビューティ。彼女がなぜこのレストランで働いているか興味があるが、急がなくてはならない。レストランの閉店までに、ゾンビを倒し、店に持ってきたかった。一晩を倒した後とはいえ、ゾンビと過ごすのはごめんだ。

「ホテルまで送りますよ。そこで倒し方を説明します」

「ありがとう。お会計は……」

 結構、と彼女はジェスチャーで告げた。

「ただ、代わりといっては何ですが、一つだけお願いがあります。この男性を見かけたら、倒さずに私に知らせてください。連絡用の鏡をお渡しします」

 私は写真と、小さな鏡を受け取った。もう一つは彼女が持っていて、連絡を取り合えるのだ。ふと、彼女の右手の薬指に指輪がついていることに気が付いた。写真の男性も同様だ。

 彼女は椅子を下げ、立ち上がらせてから、静かに言った。

「彼は私の、婚約者です。この村でゾンビになったと聞きました。他のゾンビはどうなってもいい。でも彼だけは、元に戻したいんです」

 静かな時間が、テラス席に流れた。約束はできない。襲われたら、倒すだろう。彼女は期待していなかったのか、店の中へ歩いて行った。私たちも続いた。店も厨房も無人だった。客はもちろん、シェフも会計係もいない。時間がないこともあり、私は違和感を心の奥に押しやった。いつでも手遅れになったから思い出すのだ。「そういえば」と。

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ハズレスキル「サウナ」ですが、悪党ランキング一位を目指します 綾部まと @izumiaya

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