第八話:婚約解消した王子からの求愛

 門番Aに許可証を見せると、彼は苦々しい顔でそれを眺めた。息子の0点を見せられたかのように、目の前の現実に納得がいっていない表情だった。

「……ま、いいだろ。今日は色々あって、もう疲れた」

 先程、国王軍からされていた、取り調べのことを言っているのだろう。彼の顔には疲れがありありと浮かんでいたが、精一杯声を張り上げ、門番Bに向かって叫んだ。

「おい、門を開けるぞ!」

 門番Bがやってきて、表情を欠いた顔で私たちを見つめた。

「おい、ちょっと待て。この女、もしかして……」

 何やら作戦会議を始める門番たちである。門番Bは門のそばにある詰所へ行き、どこかへ連絡をしていた。シモンが不安気に言う。

「どうしたんだろう、許可証が偽造されていたとか?」

「でも門番Aは、開けようとしてたわよね」

 詰所から門番Bが、嬉しそうな顔で戻って来た。門を開けてくれるらしい。

「よい旅を」

 その口調には、どこか皮肉めいた響きがあった。ハネムーンとでも思われているのだろうか。この男、シモンと結婚したらどんな毎日を送るんだろうな、と思った。妄想を広げるするには、彼についても情報が足りなかった。ひとまず彼の遺伝子を告げば、ガキの顔は見るに耐えられる顔になるだろう。柔和で整った顔、引き締まった身体。

 門が開き、草原が目の前に広がった。はるか彼方に集落が見える。

「ひとまず、あの集落を目指そうか」

 彼の声で、我に返った。

「シモンは、他の国に行ったことあるの?」

「あるよ。5つとも全部」

 それは心強い。決定的な方向音痴でない限り、信頼できそうだ。

「急ごう。夜になると、モンスターが出るからね。まあ、普通に行けば夕方までに着けると思うけど……」

 背後で門が閉まる。彼は横目でそれを見て、言葉を止めた。

「……到着は遅くなりそうだ」

 彼は完全に門の方へ向き直り、私も振り向いた。そこには私との婚約を解消した、金の国の王子、オールが立っていた。


 オール王子は、相変わらず氷のように冷たい声で言った。

「やっと門の外に出たね」

「……僕たちが外に出るのを待ってたわけか」

「あぁ。そうすれば、お前を殺っても法に問われないからね。悪党同盟に指名手配させようとしたけど、間に合わなかったよ。意外と早く出たしね」

 そうして、視線を私の方へうつした。気のせいか、ふっと目元がやわらかくなる。

「なかなかやるじゃないか、サラ。さすが俺の未来の妻だ」

「は、はぁ?」

 オール王子は金色の長髪をたなびかせ、満足げな表情を浮かべている。この間抜けは、どこまでおめでたい思考をしているのだろうか。美貌と血筋だけで生き延びて来たに違いない。

「まだ分からない? お前は大悪党の両親を持つ、悪役令嬢だよ。俺の妻になったら、近々、暗殺される予定だったんだ。反対勢力が多くてね」

 つかつかと私たちの方へ近づいてくる。背は高く、足も長いので、あっという間に、目と鼻の先まで来た。

「お前は入試が面倒だから、婚活を頑張ってるみたいだけど、俺のところに来るのが早すぎたんだよ。今、法律を変えようと動いてるからさ、あと数年待って欲しい」

「じ、じゃあ他の縁談も、解消されたのも……」

「当たり前だろ。俺意外の誰かと結婚したら、殺すから」

 こいつと結婚しなくて良かった。政略結婚で出会った男に自分の運命を預けようとするなんて、甘かったのだ。私は彼をにらみ、言った。

「そう。来るのが遅かったわね。今の私は結婚相手を探していない。両親を越える悪党になるために、5つの国に行って、スキルのレベルを上げるの」

「サウナを作るとかいう、ふざけたハズレスキルだろ?」

 彼は鼻で笑った。それは普段から慣れて動作のようだった。

「ええ、そうよ。でも、誰かに頼って媚びを売って、自分を騙して生きていくより、よっぽどマシ」

 完全な沈黙が、場を支配した。オール王子の愉快そうな顔は、ゆっくりと冷たい無表情に戻っていった。そして凍てつくような視線を、魔法使いシモンへ向けた。

「へえ。そいつに吹き込まれたわけ?」

 シモンは感情のこもっていない目で、オール王子を見つめている。

「サラは知ってるか分かんないけど、そいつは山の民だよ。どの国からも追い出された、卑しくて、ずる賢い奴ら。信用できるわけだろ」

 山の民が嫌われているのは、クロエから聞いていた。彼らは全ての属性の魔法を使えるため、恐れられていて、呪われた存在だと信じている者も多い。シモンは口を開いた。

「……王子なら今、精霊界で起きていることを知っているはずです。あの崩壊を食い止めるために、サラの力が必要だ」

 そうして私に向き直り、言った。

「サラ。君の本当の親について、聞いたこと、あるかい?」

 初耳だった。物心ついた時から、悪党ランキング上位の、ほとんど家にいない夫婦が両親だと思っていた。家にいる時はそれなりに愛情を注いでくれたし、欲しいものも買ってくれた。

「……彼らは君を、精霊界から盗んだんだ」

 私は言葉を失った。故郷であるはず、門の向こう側にある金の国が、途端に色褪せて見えた。その国の王子は、バカにしたように笑った。

「なんだ、知らなかったの? 俺がお前を欲しい理由は、それだよ。お前の力を、俺なら引き出せる。そうすれば、他の4つの国も支配できるからね」

 ふと、頭上に大きな鷹が現れた。金色で、美しい毛なみをしている。それはオール王子の肩の上に止まり、加えていた手紙を彼に見せた。彼の眉が微かに上がり、不愉快なニュースではないことが分かった。

「陳とかいうバアさん? また、あいつか……分かった。すぐ行く」

 鷹は優しい手つきで撫でられると、みるみるうちに大きくなった。王子は上に優雅に飛び乗り、私に言った。

「とにかく、他の奴には渡さないから」

 言い終わるや否や、空高く舞い上がり、国へと戻って行った。青い空が広がっていた。小さな雲がいくつも飛び散っていて、好天の一日になりそうだった。先程までの黒雲はどこかへ行ってしまったらしい。雨が降りそうなときは空を見る癖に、晴天の時はあまり見ないな、と気が付いた。

 私の横で、シモンが人の良さそうな笑みを浮かべていた。

「じゃあ、行こうか。旅が進むにつれて教えようと思ったけど、君の出自のことも話しちゃったし」

「もっと早く教えてくれればよかったのに」

 私は呆れながら言うと、彼は急に真面目な顔になった。

「あの国で話すと、誰が聞いているか分からない。クロエに危険が及ぶのは嫌だろう」

 確かにそうだ。しかし、彼女が全く何も知らなかったとは思えない。悪党同盟には盗品アイテムが掲載されている正規のカタログの他に、裏カタログがある。それはランキング上位者や限られた者しか閲覧できず、中にはアイテムでなく、動物や植物が掲載されている、と。これをシモンに告げると、彼は難しい顔をした。

「精霊の力を持つサラ、島の統一、裏カタログ……これは急いだ方がいいかもしれないな」

 言い終わると、彼を見つめる私の視線に気づき、微笑んだ。

「大丈夫だよ。僕がいるから、いや、そうじゃないな。サラの力があれば大丈夫。今までサラは力があるだけで、その使い方を知らなかっただけだ。やり方を学べば、きっと、自分の生きたい道を選べるようになる」

 選択肢の多さは、まさに今の私が欲しているものだった。それを目の前に用意してくれるこの魔法使いが何者なのか、よく分からない。しかし今は、信じることにする。どの道、失敗したら、国に戻ればいいだけの話だ。あのクソ王子と結婚することだけは避けたいが。

「ありがとう、シモン。私に、道を開いてくれて」

 彼はきょとんとした顔をして、顔にいつものやわらかお笑みを戻した。

「こちらこそ。勇気あるお嬢様のお陰で、楽しい旅になりそうだ」

 私たちは集落へ向かって歩き出した。空は輝くような晴天、何しろまだ9月初旬なのだ。クリスマスまでに決着をつけよう、と私は思った。その時期は婚活市場が最も盛り上がる。選択肢は多いに越したことはない。やっぱり心のどこかで幸せな結婚も諦めてはいなかった。

 私には人生で三度来ると言われるモテ期が、十八歳の今、来ていたようだ。実は旅の間に思わぬ相手から連絡が来ていたと、クロエから後日、聞くことになる。

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