第七話:悪党ランキング十位との対決

 私は、しばらく呆れてその木を見つめていた。許可証を出してくれるジイさんが木のそばにいると聞いたが、そこには木しかない。

「ねえシモン、誰か見える? 私に見えてないだけ?」

「いや。僕にも木しか見えないな」

 あの少年、グットに騙されたのだろうか。そもそも名前からしてふざけてるし。見ている限り、彼の素行からグットな部分は何も見当たらなかった。

 燃やすか、と私は思った。

「ねえシモン、この木、燃やさない?」

「え!?」

 そうすれば、ふざけたジジイも出てくるかもしれない。

「あ、でもそれじゃ悪党ランキングの順位は上がらないか……」

 信念のない悪事は、ただの娯楽。門のそばには国王軍もいるし、それで目をつけられるのはバカらしい。


 私は木の下に座り、スーツケースを広げた。中からピクニックシートと、お茶の用意を広げた。そろそろお昼の時間だ。丁寧にもクロエがサンドイッチを入れてくれている。バターをたっぷり塗ったバゲットに、肉厚のベーコンと、濃厚なチェダーチーズを挟んだものだ。シンプルだけど、バゲットのさくさくとした感触と、こってりとした具が相まって、いくらでも食べられる。

 二つの内一つをシモンに渡すと、彼は租借しながら聞いてきた。

「どうしたら上がるんだい? 悪党ランキングって」

「一番多いのは、アイテムを盗んで、悪党同盟に届けることかな。レア度によって一ポイントから千ポイントまでもらえて、カタログ掲載されてるから、分かりやすいしね」

「サラのご両親が得意なやつだね。精霊界まで行って盗んでくるんだっけ?」

「うん。あとは悪党同盟が指名手配してる奴を差し出すこと。ただし殺しちゃだめ。身体の一部が欠けたり、著しく損傷させてもだめ。他にも色々あるけど、ランキング上位者がポイント稼ぐのはこの二つだね」

 水筒に入っているコーヒーを、カップに注いだ。きちんとミルクと砂糖も別に入っている。それらをカップでぐるぐると混ぜると、コーヒーの香ばしい匂いがふんわりと漂った。幸せな時間だ。カップルがピクニックを楽しんでいるように見えるかもしれない。会話の内容は、穏やかでないが。どこでも幸福とは、毒気を含んでいるのかもしれない。私は彼の分もコーヒーを注いであげた。ミルクと砂糖は結構、とジェスチャーで告げられる。

「紛失物を探す、指名手配犯を追う。警察とやってること、大して変わらなくないかい?」

 噂によると、国と悪党同盟は良好な関係を結んでいると聞く。盗品カタログには、かつて国から盗まれたものが多く、いま国にある宝は少ない。レア度が高いものを盗めば報酬ははねあがる。国が絡んでいてもおかしくはない。中には王族や貴族に使える悪党もいるらしいが、私には縁のない話だ。

「ただひとつ違うのはね、目的を遂行すれば、あとは何をしても許されるってこと」

 例えば、ある美術館にある宝石を盗むとする。それで美術館を焼いたり、警備員を倒したりしても、盗みを完了すれば、ランキングに影響はない。ただし法律的に問題はあるので、警察に追われることになるし、下手をすると国王軍にも追われることになる。

「なるほどね。出国を厳しくするわけだ」

 そう。国を出てしまえば、法律は関係ない。今は5つの国で同盟関係が無いため、国を出れば追われることもない。だから5つの国すべてで悪事を働いた両親は、精霊界へ行くしかなかったのだ。ここ金の国では、王に恩を売ったため、たまに住む分には見逃してもらっているらしいが。

 食べ終わり、ピクニックシートを片付けると、太陽はほとんど真上に来ていた。これから、どうしようか。そう思って木を離れようとした時、木の上から声がした。

「おぬし、それはグットのペンダントじゃないか?」

グットというガキのことなんて頭から抹殺していたので、思い出すのに三秒ほど要した。


 次の瞬間、木の上から老女が落ちて来た。着地は軽やかで、なんと一本の足で立っている。

「なんじゃ、その顔は。体感を鍛えれば、こんなの余裕じゃよ」

 ほほほ、と笑うも、驚いていたのは、それだけではない。いつのまにか彼のペンダントを、その手に持っていたのだ。

「いつの間にサラから盗ったんだ?」

 シモンも同様に驚いている。

「シートの上でおっぱじめるかと思って眺めていたんじゃが、立ち去ろうとするから、場所代としてもらうことにした」

 最悪なバアさんである。白髪に貧しい身なりだが、皺だらけの顔に、隙のない表情を浮かべている。どこか威厳が漂う風貌には、見覚えがあった。

「悪党ランキング十位の、陳さん……」

「そんな順位か? 興味がないのう。恋愛小説の賞に応募するのに忙しくての」

「報酬は受け取ってないの? 二十位以内は毎年、アイテムと別に出るんじゃない?」

「郵便局でもらっとる。さすがに霞を食っては生きていけんしな」

 食えないバアさんである。私は彼に事情を説明した。親を越えるための悪党になりたいこと、ハズレスキルを伸ばすために、火の国へ行きたいこと。そのために許可証が必要で、陳さんが出してくれると聞いたこと。

「スキルか、皆、好きじゃの。どうして必要なのか?」

「悪党になって盗みを働くには、スキルが必要でしょう」

「ワシ、魔法使えないよ」

 次の瞬間、シモンが指を指した。その先から炎が発射され、老女に当たるかと思いきや、彼は思いっきり頭をのけぞらせた。驚くべき身体の柔軟性だ。

「まあまあ、そんなに試そうとなさんな。いいか。魔法が使えなくても、悪党にはなれる。頭を使うんじゃ」


 私は父から聞いた話を思い出した。ランキング上位者の中には、他人が盗んだものを盗み、ポイントを稼ぐものもいる、と。それはだいたい二人組で行われる。三人以上だと争いが起こるからだ。

「……盗品を、盗むってことね」

「ジイさんが盗み、私が届けを出してた。だからワシがランキング上位なわけよ」

「そのジイさんは? グットからジイさんがいる、って聞いたんだけど」

 一瞬、バアさんの目に哀しみが宿った。静かに首を振り、言った。

「グットに盗みを教えたのは、ジイさんよ。あいつは見込みがあったからの。盗みに失敗して、ケチな商人に働かされることになったが……」

 あの少年とも少なからず、心の関わりもあったらしい。遠い目つきは、ゆっくりとこちらへ戻って来て、私を見つめた。

「……ついセンチメンタルになってしもた。よし、このグットのペンダントをワシから奪え。そうすれば、許可証はくれてやる」

「本当にあるんだろうね?」

 シモンが疑うのも、最もだ。彼女は年老いてはいるが、悪党同盟の一員なのだ。

「ほれ、これよ」

 老女が懐から出したものは、どうやら本物の許可証のようだった。魔法学園の授業で実際に触ったものと似ているし、特殊な紙を使っているので、偽造は難しい。シモンも同様の感想を抱いたらしく、うなずいた。老女はまた片足立ちになり、ニヤリと笑った。

「二人でかかってこい。足一本で充分よ」

「舐めた真似して……グラン・フランベ!」

 シモンの指先から出た炎が、陳さんを囲む。老女は高く飛び上がり、木の上から叫んだ。

「こんな火力じゃ、倒せんよ! ほほ」

シモンは火の民ではない。山の民だ。彼らは全ての属性の魔法を使えるが、日が沈むまでは一つの属性しか使うことができない。そして威力も、それぞれの民に比べて劣るのだった。

 私は木の上にいる、陳さんを見つめた。ペンダントを振って、笑みを浮かべている。スキル「サウナ」を使ったサウナ室は、地上でしか作れない。あんな木の上で出現させることはできない。水風呂を頭上に出現させても、水を落とす間に逃げられるだろう。そもそも私は単独で水風呂を作れなかった。さっきはグットが力を貸してくれたのだ。何かを使い、水の威力を増大させてくれたのだ。

「……そうか。だからペンダントを渡してくれたのか」

 陳さんはペンダントを右手に、許可証を左手に持ったまま、枝の上であぐらをかいている。あくびをして、伸びをした。余裕だと言いたいらしい。

「シモン、火を使って、木を焼いてくれない? 」

「ヤケでも起こしたのかい」

「違うわ。作戦があるけど、接近戦でしか使えない。ジイさんを木から落として欲しいの。上から下に、炎が来るようにして」

「人使いが荒いお嬢様だ。熱は低いとこから高いとこへ行くって、習わなかったのかい? まあ、信じるよ……フランベ!」

 炎が上から徐々に落ちてくる。さすがに熱いのか、陳さんは枝を渡りながら、下に降りて来た。あのペンダントも一緒だ。

「今だ! 出てきて水風呂、シャワータイプで!」

 手のひらを陳さんに向けて、叫んだ。水鉄砲が勢いよく、彼女に向かって発射された。

「うわ、何じゃこれ!?」

 上へ逃げようにも、炎が徐々に来ている。下からは水攻めだ。

「しかし、これは渡さん……よっと!」

 陳さんは、ペンダントを高く放り投げた。シモンは顔をゆがめ、失望の表情を浮かべた。しかし私は、

「狙いは、それじゃないわ」

そうして陳さんに突っ込んでいき、左手から許可証を奪った。

「なっ……!?」

「騙されたわね、バアさん! そのペンダントは、グットに返しておいて!」

 きっと大事なものだと思うから、元々、持って行きたくなかったし。家に戻って返すのも億劫だったから、ちょうどよかった。

木から少し離れて振り向くと、陳さんは意外にも満足そうに笑い、木の下からこちらを見ていた。すぐに門まで行こうと思ったが、立ち止まり、振り返った。どうしても言っておきたかった。

「それぞれに悪の形があって結構! でもね、私は最下位だけど、私なりに美学があるの! 必ず自分で盗んで、悪党ランキングに入ってみせるから!」

 ほほほ、と陳さんは笑っていた。

「若いのう。かつてワシらも、そういう時期があったが、いつの間にか手段と目的が入れ替わってしまった……」

 そんな声が、風に乗って聞こえた。小さな声のはずが、ここまで届くとは、やはり只者ではないのかもしれない。もう追ってくる気配がないので、私は門に向かって歩き出した。横を歩くシモンの手が、私の肩に置かれた。

「やるじゃないか、サラ」

「サウナの後に身体を冷やすのは、水風呂だけじゃない。シャワーでも良いの。現に土地の少ない都市部では、シャワータイプのサウナ施設も多いのよね」

 彼は少し笑い、私の胸元で目を止めた。

「それ……」

「え?」

 そこにはいつの間にか、グットのペンダントがかけらえていた。

「最後まで片足だったし、すごいバアさんだよな」

「ええ。次は絶対にペンダントを奪って、両足もつかせましょう」

 振り返ると、彼女はもう消えていた。恋愛小説でも書いているのかもしれない。愛を語るにはぴったりの、澄んだ秋の空が広がる、昼下がりだから。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る