第六話:不法出国(後編)
「は、はははははぁ! ごっつええ感じや!」
男は炎をまとったまま、シモンに向かって突撃した。拳に炎が集まり、シモンは壁までふっとばされた。
「昔なぁ、ふざけた嬢ちゃんに痛い目にあわされたんや。属性を変えたんや」
「金から火に? 属性の違う魔法を使えるのは、山の民だけじゃ……」
シモンの火傷の傷は深く、焦げ跡あからは血が出ている。立ち上がることも難しそうだ。折られた花のように、壁を背にへたり込んでいた。
「あの人に頼めば、やってもらえるで。ごっつ金かかるどな。借金返さなあかんから、ほな、早よ売られてや」
男はポケットから麻の袋を取り出した。盗品リストで見たことがある。広げると、中に無限に収納できる袋だ。横で少年がつぶやいた。
「あの袋の中に入れられる前に、逃げないと……!」
あの男の属性は火だ。かつてのようにサウナ室の中に入れても、力を増加させるだけだろう。火は水に弱い。水の何かを作らなくてはならない。
「そうだ、水風呂だ!」
「は?」
少年は不思議そうに私を見上げた。サウナ室を出た後に、身体を冷やすために入る、水を貯めた風呂。それなら火にも打ち勝つことができる。
「どうして金の民のくせに、金の魔法も着けないのよ」と言われ続けていた。スキル「サウナ」も、どちらかといえば火の属性だ。部屋に使われている材料は、木。属性を越えて、スキルを試してみる時だ。
「出てきて、水風呂!」
心の底から叫ぶも、何も出て来ない。男は袋に一人、また一人と吸い込んでいく。男はそんな私の声で、こちらを向いた。
「あ? お前、もしかして……」
疑いは確信に変わったようだ。袋に吸い込むことをやめて、床に置き、私の方へ近づいてきた。
「あん時の嬢ちゃんやないか。また、ええ服、着てんな。決めた。お前だけ特別扱いするわ」
少年は、身を震わせた。そうして、徐々に近づいてくる男を見ながら、言った。
「姉ちゃん、もう一回、さっきのやって」
「え?」
「水風呂。俺も水の属性だから、力を貸す。早く!」
私はもう一度、頭でイメージをわかす。怒りにまみれた熱を、冷ます!
「出てきて、水風呂!」
男の頭上に大きな風呂が出現し、そこから大量の水が落とされた。とまどいがちな拍手が起こり、それは喝采に変わった。男は意識を失い、床にのびていた。
「やれやれ、こんなに早くスキルのレベルを上げるとはね」
「シモン! 傷は大丈夫?」
私はシモンにかけよった。
「ああ。あと一発くらってたら、まずかった……うわ!」
彼はつきとばされた。小屋にいた人々が私の周りに集まって来たからだ。袋の中にいた人たちも、出してもらったらしい。
「ありがとうございます!」
「なんとお礼を申し上げれば良いのやら……」
それぞれに軽く言葉を返していると、少年が窓から脱出しようとしていることに気が付いた。いつの間にか鍵は壊されており、おそらく彼がやったのだろう。。
「どこ行くつもり?」
彼はびくっと肩を震わせ、振り向いた。青い瞳が不安気に揺れている。
「か、金なら袋の横に返しておいたぜ」
「どうして、あんなことしたの」
「……あいつが、俺の主人だから。言うことは聞かなきゃいけない」
「主人ね。許可証は?」
「ない。でも戸籍もないから、どこでも働けない」
クロエを引き取る手続きで分かったのだが、人を売買するには許可証が必要だ。許可証がなければ警察へ行けば身元を確保してもらえるが、戸籍がないと、孤児院に入れられる。孤児院の評判は、私が知っているくらい悪い。それなら不法労働していた方がマシ、という考えを持つだろう。私は家の住所を書いた紙を、彼に渡した。
「ここに行きなさい。クロエに話をつけておくから」
「……ここ、高級住宅街じゃねえか」
「あの子も昔、戸籍がなかったの。今はうちで働きながら、夜間学校に通ってる。何か良い方法、知ってると思う」
彼は紙と私を交互に見つめ、「恩に着るぜ」と呟いた。そうして小さな声で続けた。
「隣の木のそばにいる、ジジさんだ」
「え?」
「通行許可証を出してくれる。グットから聞いた、って言うんだぞ」
「それだけで信じてもらえるかな」
「……じゃ、これ持ってけ」
彼は小さなペンダントを渡してきた。しずくの形をしていて、魔力が封じ込められている。さっきの水風呂は、これから力をもらったらしい。
彼は窓から出て行った。出入りする場所は扉だというところから教育が必要なのかもしれない。あの調子だと、雇い手が見つかるまで長くかかりそうだ。クロエの苦労に同情したが、彼が突破口をくれたのも事実だ。私はペンダントを握り、窓の外を見た。中にいたから気付かなかったが、大きな黒雲が立ち込めていて、今にも雨が降り出しそうだった。
外に出ると、門番たちは二人組に取り調べを受けていた。隣にいるシモンが、ささやいた。
「あれは国王軍だね」
「道理で警察にしては、ずいぶんと服装が金ぴかだと思ったわ」
先に逃げ出した少年、グットが通報したのだろうか。いずれにせよ正規の許可証を持っていない今、彼らに用はない。まずは許可証を手に入れることが先だ。少年の言っていた大きな木は、幸いにも小屋の奥にあるため、彼らの目につかずに行くことができる。グットの貸してくれた水滴のペンダントを握りしめ、小屋を後にした。許可証を裏口発行してくれるというだけで只者ではない人物だろう。しかし婚約破棄してきた王子といい、嘘つきの魔法使いといい、詐欺の片棒を担ぐ少年といい、ここ数日でまともな男性に出会っていなかった。そのことをシモンに言うと、「女性だって、大悪党の母親と、悪役令嬢の君だろ。あのメイドの女の子も、変わってるっちゃ変わってるし」と一蹴された。
木にたどり着くまで、三分とかからなかった。直径一メートルはある、大きな木だ。そこに刻まれた文言を見て、今回も間違いなく変な人間だろうと確信した。刻まれていたのは、「二十代の恋は幻想である。三十代の恋は浮気である。人は四十代に達して、初めて真のプラトニックな恋愛を知る」というゲーテの格言だった。
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