終章 自立の時
最終話
「もうすぐ、俺はグラスの家を去る」
その言葉から、今日は始まりましたあ。
「え……家を去るって……?」
「もう一度言う、俺はグラスの家を去る」
あまりにも突然の言葉に、わたしは驚いていますう。
「詳しい話は、アルブル村の診察所でする。まずは、いつも通り、アルブル村へ行こうか」
「は、はいですう……」
バサアッ!
わたしはシビルと一緒にアルブル村へ行きましたあ。診察所に着くと、そこにはグリューさんとエイリークが待っていましたあ。
「良く来たねぇ~グラスさん。まずは落ち着いて聞いてくれる〜?」
「はい……ですう」
「実は……シビルのお腹の中に……赤ちゃんがいるんだよぉ〜〜!!!」
「えええっ!?!?」
突然告げられた話に、わたしは理解が追いつかないですう……!
「シビル……一体誰の子供なんですかあ……!?」
「今隣りにいる……エイリークとの子供だ」
エイリークは顔を赤らめながら言いましたあ。
「二人で洞窟に閉じ込められた時、俺達、本気で愛し合っちゃって……もちろんグラスから貰った寝袋はちゃんと洗って干したからさ!」
「そ、そうだったんですかあ……」
「このまま順調に育てば、あと半年もすれば生まれてくると思うよぉ〜!」
「そういう事だからグラス、俺はやっぱり人間だ。人間は人間の社会で生きなきゃいけない。俺はこれからエイリークの妻としてアルブル村で暮らす事にする。エイリークもこの事を分かってくれた」
「住む場所が変わるだけで完全なお別れって訳じゃないからな。安心しな、シビルとの子供は俺達で大切に育てるから、グラスは暖かく見守っててくれよ」
シビルとエイリークの間に子供が出来ていたと知ったわたしは、その日以降、シビルの引っ越しのお手伝いをする事になりましたあ。自宅にあるものを整理すればするほど、色々な事を思い出しますう。
「こういうものやこういうものも、どれを取っても尊い思い出ですう……」
「個人的に必要なものだけは持って行く。たまにグラスの家に遊びに行く事もあるだろうし」
「でも家から物が減っていくのも何だか寂しいですう……」
「あとこのテディベアオルゴールも、バッグに書かれた字を変えて子供に渡す事にする」
「これは……本当の両親から託された大切なものですからねえ……!」
こうして数日かけて少しずつ、わたしの家からシビルに必要な家財がエイリークの家に運ばれて、十分な量が行き渡った後、ついに……
お別れの日が、来ちゃいましたあ……!
「今日の夕方をもって、グラスとはひとまずお別れだ」
「そうですねえ……けど、またここに来てもいいですからねえ!」
バサアッ!!!
わたしとシビルは、アルブル村へ二人一緒の最後の飛翔をしましたあ。
「俺はエイリークの家に挨拶しに行く。グラスはいつも通り仕事したら、俺の所へ来い」
「はいですう」
わたしはいつも通り、お仕事をしましたあ。最近の噂によると、遠い地方で紺色の翼を持ったドラゴン族が世のため人のために働いているらしいですう。きっと、あの子の事かもしれないですう。
「ヘイルさんもやっと、生きる道が見つかったみたいですう」
仕事が終わった後、わたしはエイリークの家の前で、シビルと最後のお話をしましたあ。
「シビル……あの日、なんであなたを助けたかを覚えているでしょうかあ」
「ああ、覚えているよ……俺があまりにも泥だらけで傷だらけで見てられなかったんだろ……?」
「それで、わたしの家でしばらく保護して、本当の家族が見つかったら、家に帰してあげるつもりでいたんですう……」
「でも、俺の両親はとっくに死んでて、殺したアイツラも自滅していた」
「けど、今はこうして、エイリークと一緒にこの村で暮らす事になって、人間社会の仲間になる事がやっと出来たんですよねえ……!」
「ああ……エイリークは、俺にとって本物の勇者だ」
わたしは、シビルに今日この日が来る前に伝えたかった事を言いましたあ。
「本当は、シビルが大きくなったら、わたしの方から人間社会に戻ろうって言おうとしていたんですけど、いつ言えば良いか分からなくて、気が付いたら、シビルの方からこの話をしてくれた事、わたしの想像を超えた結果になったと思いますう……」
シビルは、こう返しますう。
「俺も日々を重ねてるうちに、薄々こういう日が来るものなんだなって思っていた。改めて言うが、その……あんな俺の事を助けてくれて、ここまで育ててくれて、ありがとう……!」
わたしも、シビルも、目から暖かいものが溢れていますう……!
「最後に、これを見てくれ……」
「あっ……!」
シビルは、足首にいつも巻いている包帯を外しましたあ。
その足首は、もう痛々しい傷がすっかり癒えて、美しい肌になっていましたあ……!
「今日をもって人間の孤児、シビルは死んだ」
「えっ……?」
「今ここにいる私は……」
目の前の女性は、言いましたあ。
「アルブル村の民、シルビア・ブレイバルだ」
「……はいっ!」
「それじゃあ、私はこれから生まれてくる子供のために色々準備しに行く。生まれそうになったら教えるから、これからも見ててくれよ」
「分かりましたあ!」
そして、今はもうシビルじゃない、シルビアは言いましたあ!
「この前エイリークも言ったけど、これはサヨナラではない。ただ住む場所が変わるだけだから……その……またなっ!!!」
「はい!これからもまた、お互いを支え合いましょうねえ!!!」
シルビアはエイリークの家のドアを開けて、中に入って行きましたあ。
「……わたしも、帰りますう……!」
バサアッ!
氷竜の山にあるわたしの家に着くと、そこにはいつもの家がありましたがあ……。
「そっか……もうシビルは、いないんでしたねえ……」
シビルと過ごした9年間が当たり前のものになっていた後で、この家にはわたししかいない静寂感……この家って、思っていたよりも広かったんですねえ……。
「シルビア……強く生きて欲しいですう……」
自宅のベッドに一人で横たわるわたしは、シルビアの家族の未来を夢見ながら、眠りに就いたのでしたあ……。
* * * * * * *
氷竜の子グラス
最終話 この山に住む、最高のドラゴン
……あれから、半年と二年程の時が経ちましたあ。
「今日もみんなに、会いに行きますう!」
わたしはまたいつも通りに、アルブル村へ行ってお手伝いをしましたあ。もう十年以上は続けている事ですが、すっかり毎日の楽しみになっていますう!
「グラス!今日もこの魚を頼むぜ!」
「はいですう!それえっ!!!」
ヒュウウウウ……シュピィン……!!!
最近は凍らせた魚を、わたし自らが遠くまで運ぶ仕事もしていますう!他のドラゴン族などとすれ違う事も増えてきて、何だか毎日が賑やかになった気がしますう!
「ふう……今日の仕事も大変だったけど楽しかったですう……それじゃあ、あの子の所へ行きますかあ!」
わたしは、エイリークとシルビアの家に行きましたあ。そこには、すっかり母親の顔になったシルビアさんがいましたあ。
「お邪魔しますう!」
「氷竜の子グラスか……おーい、グレィス!」
「んん……?」
すると、玄関に立つシルビアの足元から、2歳の女の子が恥ずかしそうにわたしを見ていますう。
「あ……グラスしゃん……」
「グレィスちゃん、今日も可愛らしいですう」
この子はグレィスちゃん。シルビアさんが付けた名前ですう。濃い茶色の髪を右側にちょこんと結んでいるのが、昔のわたしにそっくりですう。瞳は近くで見ると、ほんのり水色の模様がありますう。
「この子、私の脚の後ろから良く向こうを覗き込んで来るんだ。一体どこの誰に似たんだか……」
「エイリークさんは今日も冒険なんですよねえ」
「ああ、最近は帰りが遅くなりがちだが、休日はグレィスと遊んでくれてる良い父だよ」
「それは良かったですう。さあグレィスちゃん、今日はわたしと遊びましょうねえ」
「ほら、グレィス、このドラゴンは怖くないからね」
「う……うん!グラスしゃん、またおそらをとんでー!」
「はいですう!しっかり掴まってて下さいねえ!!!」
バサアッ!!!
わたしはシルビアの子、グレィスを抱えると、空高く飛んで見せましたあ!!!
「わあーい!たかーい!すごーい!」
「わたしはいつも、向こうに見えるあの山からここに来てるんですよお!」
腕の中で笑顔を見せるグレィスに、未来の輝きを見ている気がしますう。
「あのやま、いってみたーい!」
「シルビアさん!ちょっとだけグレィスちゃんをわたしの家に連れていきますねえ!」
「ああ!でもすぐ帰って来いよ!」
わたしにもいつか、素敵な出会いがあって、こんな風に子供を育むのでしょうかあ。
「着きましたよお、ここがわたしのお家ですう!昔あなたのお母さんがここで暮らしてたんですよお!」
「すごいねー!グラスしゃんはこのやまにすんでる、サイコーのドラゴンしゃんなんだねー!」
わたしが家庭を持つのは、いつの日になるかは分からないけど、わたしと、沢山の素敵な仲間達は、これから先も、この世界を良くするために、今日も頑張っているのですう!!!
「グレィスちゃん!ここから見る景色は綺麗ですかあ!」
「うん!とっても!きれいだよー!」
わたしたちは、いつでもここにいますよお!
Ice Dragon Girl Glace Fin.
氷竜の子グラス 早苗月 令舞 @SANAEZUKI_RAVE
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