045 新入りとの朝

 夜が明けて、9日目。

 今日も一番に目が覚めた……と、思いきや二番だった。


 俺より先に由芽が起きていたのだ。

 アナグマの毛皮やらで作った布団が無人である。


(今さらだが「布団」じゃないよなぁ)


 乱れた布団を綺麗にしながら思う。

 布を使っていないのだから、どう転んでも「布団」とは呼べない。

 が、本当に今さら過ぎるため気にしないことにした。


 制服を着て洞窟の外に向かう。


「あ、おはようございます、海斗先輩」


 由芽は洞窟の出入口付近にいた。

 昨日とは打って変わってテニスウェア姿だ。

 屈んで何かしていた様子。


「火熾しの練習中だったのかな?」


 手元にきりもみ式の道具がある。


「はい。ですが、なかなか上手くいかず……」


 板に棒を押し当て、必死にシコシコ回転させる由芽。

 ぎこちない手つきに懐かしさを抱く。

 千夏たち他の女性陣も最初はこんな感じだった。


「力みすぎだ。そこまで力を入れる必要はないよ」


「そうなんですか?」


「吉乃に聞いていないのか?」


 もし言っていないとすれば吉乃の指導に問題がある。

 ただし彼女の性格上、言っていないとは思わなかった。


「いえ、教わったですが……」


「忘れていたか」


「すみません」


 食事や温泉を共にしたことで、由芽はいくらか馴染んできた。

 とはいえまだまだ緊張しているし、本人は常にアップアップだ。


「ところで由芽、あんまり朝から頑張り過ぎるなよ」


「大丈夫です。テニス部なので体力には自信があります」


「ならいいけど、ここでは余力を残すことが求められるからね」


「そうなんですか?」


「理想は体力の半分を残した状態で1日を終えることだ。そうすれば緊急時にも全力で動ける」


「なるほど」


「そうはいっても今はやることが多いから、体力の2~3割を温存した状態で終えるようにしている」


 いずれは14時くらいで作業を終えるようにしたい。

 朝食前に1時間、朝食後に2時間、昼食後に1時間の計4時間労働。

 地球だと短すぎるが、このサバイバル環境だとちょうどいい。


「じゃあ、頑張り過ぎない程度に頑張ります」


「そうしてくれ」


 俺は朝食前の作業を開始した。

 保存食の状態や材料各種の備蓄をチェックする。


(吉乃が指揮を執っていただけあって完璧だな)


 必要な物は揃っている。

 あとは川に行って魚を調達してくるくらいだ。


「由芽、もんどりの作り方は分かるか?」


「分かります!」


 力強い口調で答える由芽。

 自信があるようだ。


「なら今から川に行こう。もんどりの製作を手伝ってくれ」


「はい!」


 俺たちは空の土器に石包丁や茅を入れて川に向かった。


 ◇


「先に新しいもんどりを作ろう」


 川に着いたらもんどりの製作を開始。

 並んで川辺に座り、茅を加工して紐にしていく。

 由芽はその紐を使ってもんどりを作る係だ。


(なるほど、見た目通り丁寧なタイプだな)


 作業を見ていてすぐに分かった。

 由芽は100点を追求するタイプだ。

 細かい部分を何度もやり直している。


「もう少しスピードを上げてもらえるか?」


「あ、ごめんなさい」


「謝る必要はないよ。教わった通りにしようと思ったんだよね?」


「はい」


「それは結構なことだけど、ここではクオリティよりスピードが求められるんだ。いつも言っているのだが、長い時間をかけて作られた100点の物より、短時間で作られた70点の物に価値がある」


「なるほど」


「及第点ならそれでいいからスピードを意識してみてね」


「頑張ります」


 その後、由芽は可能な限りスピード重視で取り組んでいた。

 ただ性格の都合上、どうしてもクオリティが気になってしまうようだ。


「よし、あとの作業は全て任せる。俺は罠を回収してくるよ」


 既に設置してあるもんどりを陸に揚げていく。


(罠の数が増えているな)


 前まで10個だったのが15個になっている。

 どうやら昨日、俺のいない間に5個も増産したようだ。

 増産分のもんどりも含め、15個全てに魚が掛かっていた。


「今回はいつにも増して大漁だな」


 土器の中が魚で溢れかえっている。

 アユやイワナ、ヤマメの他、変わり種も多く掛かっていた。


「色々な魚がいるんですね」


 由芽が土器の中を覗き込む。


「ちょっと多すぎるな」


 ということで、味の微妙な種類や幼魚はリリースしていく。


 最終的に残ったのは30匹。

 それらが二つの土器で暴れ回っている。

 早く捌かなければ味が落ちてしまう。


 いつも通りその場で下処理を開始した。

 柄の付いた石包丁を片手に魚を下ろしていく。


「す、すごい速さ……! 手の動きが見えない……!」


「本業の魚屋には劣るが、それでも結構なものだろ」


 魚の処理速度には自信がある。

 サバイバル訓練の一環で、毎週家で魚を捌いていた。

 そこらの主婦になら負ける気がしない。


「海斗先輩、スーパーのお魚屋さんで即戦力ですよ絶対」


「それはどうだろうなぁ。早いけど雑なんだよね、俺」


 魚屋はスピードだけでなくクオリティも高い。

 俺は速度以外だと素人レベルなので、その道のプロは難しそうだ。


「もんどりの製作も終わったようだし由芽もやってみるか?」


「いえ、私、魚を捌いた経験がないので……」


「ならちょうどいい。ここで経験を積んでいったらどうだ? 教えるよ」


「それなら」


 俺は魚臭い石包丁を由芽に渡して場所を譲った。


「既に締め終えているから、今回は下処理だけやっていこう」


「はい」


 俺は由芽の背後に回り、どこをどう切るのか指示を出す。


「あまり刃を入れすぎないでね、内臓や膀胱に傷をつけるとダメだから」


「は、はい、こんな感じで大丈夫ですか?」


「問題ない」


 由芽の手つきは料理経験のない素人そのものだった。

 それでも持ち前の器用さがあるし、やる気だって感じられる。

 他の女子と同様、素質に関しては俺よりも高そうだ。


「そうそう、いい感じ。次は血合いを取って……って、ん?」


 説明していて異変に気づいた。

 いつの間にか由芽が俯いていたのだ。

 頬をポッと赤く染めている。


「由芽、どうした?」


「その、私、ここまで男の人とくっついた状態で作業をした経験がなくて……。ふとそのことを意識した瞬間、なんだか恥ずかしくて……」


 彼女に言われて気づいた。

 俺たちはめちゃくちゃ密着していたのだ。

 遠目からだと、俺が由芽を抱きしめているように見えそう。


「おっと失礼」


 慌てて離れる俺。


「い、いえ、嫌じゃない、というか、むしろ嬉しかったり……」


「え?」


「あ、いえ、その、とにかく続きを教えてください!」


 よく分からないが、俺は「分かった」と作業を再開。


「これで終了だ」


 どうにか全ての魚の下処理が終わった。

 俺たちは川の水で手を洗い、「ふぅ」と一息つく。

 懐かしのアーチ型シェルターに並んで座る。


「よく頑張ったな、由芽」


「いえ、海斗先輩の教え方が上手だったおかげです」


「吉乃よりも分かりやすかったか?」


「それは……」


 由芽は言葉を詰まらせてから続きを言った。


「は、はい、分かりやすかったです」


「嘘が下手だな」


「すみません」


 俺は「ははは」と笑った。


「そういえば、この木のドームも海斗先輩が作ったのですか?」


「おう。ドームっていうかシェルターだな。初日の住居だ」


「すごい。こういうのも作れるんですね」


「これは簡単だよ。既に教わっているかもしれないが、樹皮で紐を――」


 気分よく話している時だった。


「ガォオオオオオオオオオ!」


 とてつもない咆哮が響く。

 さながらライオンのような声に大地が揺れる。


 巨大ジャガーだ。

 対岸の森から堂々とした足取りで現れた。

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異世界の無人島で美少女たちとスローライフ ~極めたサバイバル能力で楽しく生きます!~ 絢乃 @ayanovel

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