第53話 女心と敵対心

 なんで2人とも、俺を睨みつけてくるの。俺、何もしてないよね? え、してる? ……本当に記憶にないんだけど。

 絶対零度も裸足で逃げだす視線を一身に受けていると、杠が立ち上がり近付いてきた。

 奏多も立ち上がり、杠に正対して迎え撃つ。

 ただならぬ雰囲気に、店員もお客も困惑した顔でこっちを見て来た。ご迷惑をおかけしまして、本当にすみません。

 あ。おいこら九条。なにニヤニヤしてんだ。仕事に戻れ。



「アンタ、誰? キョウちゃんの何?」

「あなたこそ、誰ですか? 京水とはどういったご関係で?」

「きょ……!? キョウちゃんを呼び捨て……!?」



 杠の上から見下げるような視線と、奏多の下から睨み上げるような視線がぶつかる。奏多も外面いい子モードになってるし。



「ま、まあまあ、2人とも、落ち着いて。ここ店内だからさ、話すなら外に――」

「京水、Shut up」

「キョウちゃん、黙って」

「あ、はい」



 無理。この2人の間に割って入るなんて、無理。

 とりあえずすごすご座ると、また互いに睨み合った。



「…………」

「…………」



 互いに睨み合ったまま動かない2人。仲裁しようにも、動いたら殺されるレベルで怒気が半端じゃない。

 どうしよう、心臓が痛い。



「……杠小紅」

「……火咲奏多」

「……え、ひさきって……キョウちゃんがずっと褒めてた、大親友の幼馴染みってやつ?」

「え。京水、ぼくのこと世界一可愛すぎる大親友なんて言ってたのっ?」



 言ってない、言ってない。気が合う大親友とは話したことあったけど、世界一可愛いだなんて言ったことない。当時は男友達と思ってたから。

 ……今は世界一可愛いって思ってるけど。

 杠が目を見開いて奏多を頭の先からつま先まで見る。

 そして……ある一ヶ所おっぱいに目が留まった。



「女!?」

「はい、女です」

「で、でもキョウちゃん、男友達って……」

「それはこいつの目が節穴のお馬鹿だからです」

「あ……まあそれはわかるかも。アタシも最初イメチェンした時、ガンスルーされたから」

「髪を切ってネイルをしても気付かないし」

「インナーカラーをちょくちょく変えても気付かないし」

「女性の身だしなみに関して興味ないんですよね、京水って」



 ……え。あれ? なんだろう。俺の悪口大会になってる? やめろよ、泣いちゃうぞ。



「でもなんだかんだ頼りがいがあって」

「何をしてもバカみたいに笑い合えるし」

「一回友達だって認識されたら何があっても守ってくれる」

「「……わかってんじゃん」」



 と、今度は握手した。

 お前らの情緒どうした? なんでさっきまでいがみ合ってたのに、もう仲良くなってんの?

 あれよあれよという間に、奏多と杠が店員に頼んで席を移動し、奏多の隣に杠が座った。

 まあ、奏多がいいなら、いいんだけどさ……。



「アタシ、杠小紅。キョウちゃんとは中学の同級生で、よくつるんでた友達」

「私は……ううん。ぼくは火咲奏多。つい最近までアメリカに行ってたけど、戻って来たんだ。京水とは幼馴染み。よろしく、杠さん」

「小紅でいいよ。キョウちゃんの友達なら、アタシの友達だ」

「……うん。小紅……ちゃん。ぼくも、奏多でいいよ」

「わかったよ、カナタ」



 恥ずかしいのか、頬を掻いてたははと笑う奏多。そりゃそうか。奏多からすると、九条、萬木に次ぐ3人目の女友達だしな。

 なんとなく朗らかとした空気になり、ほっとしていると……急に杠が、目尻を上げて俺たちを交互に見てきた。



「それで、もしかして……2人って、付き合ってるのか?」



 冷たい、冷えきった言葉が投げかけられる。

 確かに付き合っている。けど、有無を言わさない圧に、思わず黙ってしまった。

 対して奏多は、杠の視線を真っ直ぐ受ける。

 さっきまで和んだ空気だったのに、どうしてこうなった。


 緊張で喉に詰まった唾液を飲み込むと、九条が俺たちの席に注文の品を運んできた。



「お待たせしましたー。どうぞ出来たてのうちに食べてくださいねー」

「ちょ、ちょちょちょ、九条っ、九条さん……!」



 何事もなく去っていこうとする九条の手を掴んで引き止める。

 アイコンタクトで「助けてくれ!」と送ると、九条から「大丈夫だよ」とウインクされた。大丈夫なもんかっ、俺の胃が痛いわ……!



「お客様、こちらはお触り喫茶ではございませんよ♪」

「ぁっ……!」



 俺の手を叩き、楽しそうに笑って行ってしまった。

 大丈夫なもんか。なんでかわからないけど、出会って早々仲悪いんだもん、この2人。

 誰でもいい、助けてプリーズ。


 持ってきてもらったコーヒーを啜って、身を縮みこませる。

 と……奏多が、ゆっくり口を開いた。



「うん。……ぼくたち、付き合ってるよ」



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