第54話 勘違いさせるスケコマシ

 2人の間に沈黙が訪れる。

 別にやましいことはしていない。奏多と付き合ってることは事実だし、悪いことはない。

 けど、なんでこんな緊張感あるんだろうか……。



「……そう。ふーん……やっぱりね」



 そっと肩を竦めて、深く息を吐く杠。

 対して奏多は、きょとんとした顔をした。



「え、あれ? それだけ? だって小紅ちゃんって……」

「まあ、うん。カナタの思ってる通り。……だからって、ギャーギャー喚くほど子供じゃない」



 ……話についていけないの、俺だけ? 何を話してるんですか、2人とも。

 キョロ充のように2人を交互に見ていると、奏多に睨まれた。はい、大人しくしてます。



「でも正直悔しい」

「うん。逆だったら……ぼくも悔しい」

「だったら、アタシの考えてることわかるよね」

「もちろん。……わかるよ」



 2人の視線が交錯し、同時に俺に目を向けてきた。

 パンケーキを食べようとしてた手が止まる。は、はい? なんでしょうか……?



「ねえ、キョウちゃん。アタシの性格を一言で表すと?」

「え? ……諦めが悪い、かな」



 何をするにしても、自分が満足するか納得するまでやり通す。それが俺の知ってる杠だ。



「京水。ぼくは?」

「……負けず嫌いだな。間違いなく」



 いたずら然り。遊び然り。自分がやられたことは、絶対にやり返す。それが奏多だ。

 2人の印象を正直に話すと、2人揃って笑みを見せた。



「まったく……相変わらず、人のことをよく見てるね、キョウちゃん」

「だからこんな面倒なことになってるんだけどねぇ」

「言えてる」



 今度は意気投合した。マジでなんなのさ。



「まあ、そういう事だから。アタシはまだ諦めてない」

「うん。負けないよ」



 杠が手を差し出すと、奏多は受けて立つと言うように握り返した。

 これは……解決した、の?

 俺の疑問を他所に、2人はパンケーキに手を付け、幸せそうな満面の笑みを見せる。

 対して俺のパンケーキは、シワシワに萎んでしまっていた。ちょっと……悲しい。



   ◆◆◆



「ありがとうございましたー♪」



 終始楽しげだな、九条。お前次会った時は覚えてろよ。

 3人合計5000円オーバー。しかも何故か俺持ち。なんで杠の分まで俺が出してるんだろう。あと請求してやろうか。

 支払いを終えて外に出ると、杠が「あ、そうだ」と俺に話しかけて来た。



「次の月曜日の海、楽しみにしてるよ」

「ん? ああ、あとで待ち合わせ場所とか連絡する」

「わかった。それじゃあね。カナタも、またね」

「うん。またねー」



 それだけ言い残し、杠は俺たちとは反対方向に行ってしまった。

 ……あ、金! ちきしょう、逃げやがった。

 はぁ……でも、ようやく気まずい空気から解放されたな。


 そっと肩を落とすと、奏多が俺の腕に抱き着いてきた。前までは恥ずかしがってたはずなのに、随分と大胆に──



「いだだだだだだだだだっ!? 奏多っ、関節! 関節決まってる!」

「決めてんだよ、おばか。まったく、このスケコマシは……はぁ、やっぱり勘違いさせてたなぁ……」



 どこで覚えたそんな言葉!? あと俺はスケコマシじゃねぇ!

 タップしてギブを示すが、相当怒ってるのか離してくれない。ちょ、ほんっと痛いんだが!?



「海、小紅ちゃんも来るんだ」

「ま、まあ、友達だしな。九条と萬木とも友達らしいからさ」

「ふーん……」



 納得したのか、何かを諦めたのか、深いため息をついて手を離してくれた。あー、助かった。



「京水」

「なんだよ」

「浮気したら殺す」

「ダイレクト物騒……!?」



 急に何。ビビるんだけど。

 奏多を見ると、真っ直ぐ俺を見上げて、目で訴えて来ていた。

 俺の服を摘む手は小さく震え、目の奥が揺らいでいる。

 まさか……俺が、杠と浮気するんじゃって思ってるのか?

 そんなの有り得ない。……って断言はできるけど、逆の立場だったら俺も気が気じゃない。もし奏多に「男友達だよ」って知らない男を紹介されたら、疑いたくなるし、不安になる。



「奏多の気持ち、よくわかった。不安にさせてごめんな」

「うん……」

「どうすれば信じてくれる?」

「……2人きりになりたい」



 潤んだ瞳で、ぼそりと呟く奏多。

 これは……家に帰りたいって意味じゃないだろう。今すぐ、2人きりになりたい……そう言ってるんだ。



「わかった。俺の奏多への気持ち、全部ぶつけるからな」

「〜〜〜〜っ……! ば、ばかっ、あほっ、京水!」

「そのラインナップに俺の名前を入れるな。京水が雑言に聞こえるだろ」


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