第39話 罪の優しさ
「勉強が嫌すぎて草こえて森」
「それな」
本格的に勉強を初めてまだ4日目。奏多と萬木が壊れ始めた。
ネットで見たのか、また変な言葉を覚えて。萬木も虚無を見つめて同意するな。
「九条。萬木のやつ、瀕死だぞ」
「大丈夫、いつものことだよ」
なら大丈夫か。……大丈夫なのか、それ?
2人の解いた小問題にチェックを入れ終わり、点数を出す。
現国の奏多は10点中6点。英語の萬木は10点中5点。勉強を初めたころに比べたら、すごい成長だ。これなら、期末試験までにはなんとかなるかもしれない。
「これで2人とも、全教科で半分以上取れたね」
「だな。お疲れ、2人とも。少し休憩しようか」
「「きゅ〜け〜……!」」
さすがに疲れたのか、2人ともテーブルに突っ伏した。
もう18時もすぎてる。ぶっ通しで集中してたからな。疲れるのも無理はない。
紅茶でも淹れて、労ってやるか。奏多はココアの方がいいだろう。うんと甘くしてやろうか。
キッチンに立って準備していると、九条が俺の隣に立った。
「氷室くん、手伝うよ」
「ありがとう。棚の上にあるクッキーを出してくれるか?」
「わかった」
香り立つ紅茶を3杯。奏多用の甘いココアを1杯淹れる。
因みに俺と九条はストレート。萬木はレモンティーがお好みだ。これも、ここ数日の内で知った。
こういうことでもないと、友達の好きな物を知る機会って、案外ないよな。
全員分の飲み物を淹れると、まだ苦闘していた九条が目に入った。
「んっ……んんっ……! ごめん、氷室くん。ちょっと届かないや」
「ん? ああ、わかった」
そっか、基本俺が片付けるから、上の方に置いてたっけ。
棚からクッキーを取り出し、九条に手渡す。
「悪いな、気が利かなくて」
「そんなことないよ、ありがとう。……改めて見ると、氷室くんって大きいよね」
「そうか? 普通くらいだと思うけど」
「私からみたら、すごく大きいよ」
と、九条が俺の頭に手を置き、そのまま自分の頭まで下げた。そりゃ、女の子からしたらそうだろう。
あと、彼女持ちの男子高校生の頭に気軽に手を乗せるな。2人から死角になってるからバレないとはいえ。
妙に気恥ずかしくなり顔を逸らしてから、横目で九条を見下ろす。
「本当、おっきいねぇ」
「ッ」
ち、近いッ、思いの外近い……! 奏多より身長差がない上に、奏多にある障害物がないから……!
「なぜだろう。今無性に、君のことぶん殴りたくなった」
「ぼ、暴力反対っ」
「嘘だよ」
目が本気だったぞこいつ。美人が怒ると怖いんだから、ホントやめてくれ。
後ずさって九条から離れると、ちょうどそのタイミングで萬木がキッチンに入ってきた。
「麗奈ー、どしたのー?」
「なんでもないよ。氷室くんがクッキー出してくれたんだ。みんなで食べよう」
「クッキー! いえーい、クッキーぱーちーだ!」
リビングに戻った萬木が、奏多と一緒にクッキーダンスという妙ちきりんなダンスを踊っている。元気だなぁ、こいつら。
「いつまで経っても成長しないな、奏多は」
「純恋もね」
保護者ならではの気苦労に、2人揃って笑を零した。
クッキーを皿に並べていると、九条が愉しそうな笑みを浮かべ、俺の脇を肘でついてくる。
「ねえ、氷室くん。こうして並んであの2人を見てると、なんだか家族団欒に見えないかい?」
「俺と九条が夫婦ってことか? それはないだろ」
「おや、嫌われてしまったかな」
「九条を嫌うことなんてないよ。大切な友達だからな」
こんないい子で美人な女性が友達で、放課後に一緒にいるだけでも信じられないのに。もし嫌ったりしたら、神様に祟られそう。
「ふーん……なるほど。こういう所を小紅ちゃんは……」
「杠がなんだって?」
「君の優しさは罪だってこと。よし、できた。2人とも、お待たせー」
意味不明なことを呟いた九条は、早々に切り上げてお盆に乗ったお茶を運んだ。
なんで今の話で杠が出てくるんだ……わからん。
「そうだ。さっき氷室くんが、『自分の嫁は奏多以外有り得ない』とか言ってたよ」
「ふぇっ!?」
「抜かしてんじゃねぇ九条テメェ!」
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