第30話 おかしな距離感
「……ぅ……ぅん……? ぁれ、ここ……」
「よう、起きたか」
「ぇ……? っ、京水……!?」
やれやれ。ようやく起きたか。
今は10時すぎ。完全に遅刻だけど、今日はもういいだろう。
ベッドの縁に腰を掛けて、まだ目を白黒させている奏多の頭を撫でる。
「あ、あれ。なんで京水が家に……? あれって夢だったんじゃ……?」
「夢じゃないって。現実だ」
「え……夢じゃ、ない……?」
寝起きで受け入れられないのか、目を擦ってかぶりを振る。
「じゃ、じゃあ……京水の、告白も……?」
「ああ。本当だ」
「ぼくの……き、キス、も……?」
「……まあ、うん。驚いた」
それに、その後の告白も……いや、告白と言っていいのか? あれ、プロポーズだったんじゃ……プロポーズ以上の言葉もあった気がするけど、それを掘り下げたら、奏多の奴また気絶しそうだ。
風でカーテンが揺れ、室内に光りが漏れ入る。
奏多は何かを言おうと口を開き、閉じた。まだ、現実を受け入れられないと言った感じだ。
「奏多。俺から……いいか?」
「ひゃ……ひゃぃ……」
布団を手繰り寄せて、緊張した顔になる。正直、俺も緊張してる。互いに、自分の本当の気持ちをぶつけあった後だから。
「奏多が3日待って欲しいって言ったの……自分の気持ちを整理したかったからなんだな。奏多も同じ気持ちだなんて、思ってもみなかった」
「ぅ……ぼ、ぼくだってそうだよ。君が……ぼくに告白してくるだなんて、思ってもみなかった」
「そりゃあ、自分の気持ちに気付いたの、今朝だからな。気付いたら、我慢できなかった」
頬を掻いて、苦笑いを浮かべる。我ながら、突っ走ったもんだ。
対して奏多は、嬉しいやら気まずいやらで、なんとも言えない渋い顔をしていた。
「……ばか……後先考えなかったの? ぼくに告白して……親友の関係が、壊れちゃわないかって……」
「あー……わり、そこまで頭回らなかった。居ても立ってもいられなくて、つい」
そっか。思えば、奏多の気持ちとか考えずに突っ走ったんだった。奏多が俺のことを好きじゃなかったら、さっきので終わってたんだな。
「ほんと……ばか。ばかばか……大ばかだよ、京水」
奏多の声が震えている。頬を一雫の涙が伝い、布団を濡らした。
「恋は盲目って言うだろ。……奏多を想うと、歯止めが利かなかった。それだけだ」
「~~~~ッ……! だ、だから、なんでそんな恥ずかしいことを簡単に口にできるかな、京水は……!」
弱い力で何度も叩いてくる。そんな奏多も、今は愛おしく感じるのは……恋は盲目ってやつなのかな。
奏多は潤んだ瞳でじとーっと俺を見てくると、諦めたようにため息をつき、ガウンの裾で涙を拭いた。
「まったくもう……ちゃんと落ち着いたらこの気持ちは抑えて、いつも通り君と仲良くしようって考えてたのに」
「なんで? 俺のことが好きなんだったら、告白してくれば……」
「関係が壊れるのが怖いってなんど言えばわかるんだい、すっとこどっこい!」
すっとこどっこいなんて、リアルで初めて聞いた。
「麗奈さんと純恋さんと一緒に、どうにか京水を恋に落としちゃおうって、いろいろと作戦を練ってたのに……全部台無しだよ」
「え、そうだったの?」
「まあ……結果オーライだったけどさ」
そっとため息をつき、俺の頬に手を伸ばす。
だが一瞬躊躇した奏多は、頬ではなく服の裾を摘まんだ。
「ねえ、京水。ぼくたち、両想いなんだよね」
「……ああ、そうだ。俺は奏多が大好きだ」
「っ……うん。ぼくも……京水が大好きだよ」
今までにない、恋する乙女のような微笑みを見せる。奏多のこんな顔、初めて見た。やっぱり……。
「可愛いな、奏多……」
「んぐっ。だ、だから軽々しくそんなこと、言うな……!」
布団をかぶり、逃げてしまった。そういうところだぞ、お前。
まったく……奏多のことを好きって自覚してから、全部が全部可愛く見える。これが恋愛ってことなのか。……いいな、なんか。
「なあ、奏多」
「……何さ」
「えっと……両想いってことは、俺たち……付き合うってことで、いいんだよな……?」
改めて確認すると、布団から顔を半分だけ出した奏多は、目をうるっとさせて小さく頷いた。
「だ、だよな。……あー、その……じゃ、じゃあ、大親友改め、恋人として……よ、よろしく」
どうしたらいいかわからず、奏多に手を差し伸べる。
奏多はじっと俺の手を見ると、布団から手を出し……引っ込めた。
「む……むり……」
「……え?」
「むり……むりむりむりっ。むり! さわれない! むりぃ!」
頭から布団を被り、亀のように引っ込んでしまった。いや引っ込むのはいいけど、なんで突然……?
「奏多、なんで……?」
「……す……」
「ん?」
なんて言ってんだ、こいつ。声がくぐもって聞こえない。
布団に耳を近付け、何を言っているのか聞き取ろうとする、と……。
「す……好きすぎて……触れない。あぁぁぁぁ……好きぃ……好きぃ……!」
とんでもねーことを言い出しやがった。
え、ちょ、は? す、好きすぎて触れない、って……マジ?
「ね、寝ぼけてたとは言え、もうキスまでしたんだぞっ。触れるくらい……」
「そそそそそそうだけど……そうだけどぉ……! お、お願いしましゅ。もうちょっと……か、覚悟を決めさせてぇ……!」
え……ええ……? 俺ら、両想いなんだよな……? 恋人なんだろ……? なんで大親友の時は距離感バグってて、恋人になったら距離が遠くなるんだよ。
わからん……女心、わからなさすぎる……誰か、ここに来て説明してくれ。
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