第29話 馳せる想い

「ごめん、京水。ぼく、好きな人ができた」

「奏多……?」

「すっごいぼくのこと大切にしてくれる人なんだけどね、君との関係を無くさないと付き合ってくれないんだって」

「な、何を言って……」

「だから、君とぼくは今日から他人だよ。ごめんね、京水。……ううん、氷室さん。さようなら」

「まっ、待て……待てよっ、奏多……!」



 待ってくれ、行かないでくれっ。俺たち、大親友のはずだろっ? 何があっても、俺たちは互いの味方だろ……!?

 行くな……行くな……!






「行くな!!」



 ──……あ、れ……? ここは……俺の、部屋?

 ………………あー……夢オチかい。心臓に悪すぎる。やめてくれよ、本当に。

 冷や汗を拭い、時計を見る。まだ朝の5時前。早く起きすぎたが、動悸が激しくて寝れそうにないな……散歩行くか。このままじゃ落ち着かない。


 寝間着の上からパーカーを羽織り、寝静まった家を出る。

 町はまだ起きていない。山々の間から漏れる甘い光を浴びつつ、犬を散歩させている人とすれ違い、心赴くままいつもの公園に足を運ぶ。

 当たり前だが誰もいない。ベンチに座り、公園を見渡した。

 昔のこと、今でも鮮明に思い出せる。じんわりと胸が熱くなる感覚に、思わず笑みが浮かぶ。



『やくそくな! どんなことがあっても、おれはおまえの味方だ!』

『もちろん! ぼくも、ぜったいきょーすいの味方だよ!』



 泥に汚れ、傷だらけになり、破られることのない約束をした、遠い過去。

 今、約束が……結束が、揺らいでる。



「……大親友、か……」



 はは。ちょっと前までは、それで満足してたんだけどな。……今は、この言葉に心が締め付けられる。

 幼馴染みで、大親友で、『男友達』で……この関係が心地よくて、切なくて、苦しい。意味なく不満が募り、余裕がなくなる。



『君が決めたことならいいけど……後悔しないようにね、氷室くん』

『キョウたん、ちゃんと自分の心と向き合いなよ』



 九条と萬木の言葉を反芻する。

 目を閉じ、明け方の冷えた空気を全身で感じると、少しだけ頭がクリアになった。

 冷静になった思考で奏多のことを考える。

 後悔のないように、自分の心と向き合う、か……なんで奏多を想うと、こんなに心が掻き乱されるんだ。俺にとって、あいつはどんな奴だ……?


 朝露を払う風が頬を撫で、髪を揺らした。

 思い出されるのは、あいつの笑顔。

 遊ぶ時も、いたずらが成功した時も、ご飯を食べた時も、助けた時も、助けられた時も、眠る時も、起きた時も、一緒にいる時も……あいつは、いつも笑顔だった。

 綺麗で、妖しく、しおらしく、艶やかで、爛漫。想像しただけで心が満たされる。


 次に思い浮かぶのは、俺を挑発してくる奏多。

 意識的にも、無意識的にも、はだけた姿やボディタッチで俺の心を掻き乱してくる。

 信用してくれているのか、何をするにしても距離が近い。嬉しく、もどかしく、楽しい。


 同時に、誰にも見せたくない、誰にも渡したくないという気持ちが共存している。独占欲? 支配欲? 違う。そんなんじゃない。

 俺を信じ、俺だけに本当の自分を見せてくれている。

 ずっと俺と一緒にいて欲しい。ずっと傍にいて欲しい。

 この気持ちを言葉にするなら……。



「──あぁ、そうか」



 そこからは、記憶が無い。気が付いたら、奏多の家の前にいた。

 熱に浮かされた思考で、チャイムを鳴らす。何度も、何度も。

 中から少し慌てたような、苛立ちを含む足音が聞こえてきた。起こされて気が立ってるらしい。ごめん奏多。



「もー、うるっさい! 朝からだ……れ……って、きょきょきょきょ、京水!?」

「おはよう、奏多」

「お、おはよ……って、なんでここに!? え、これ夢!? ぼくの夢デスカ!?」



 寝惚けてるのか、夢を見てると勘違いしてるみたいだ。安心しろ、夢じゃないよ。

 相変わらず、ガウンがはだけてるな。まったく。

 寝起き+朝早く俺がここにいる=困惑で硬直、のコンボを食らってる奏多に近づき、逃がさないように肩に手を置く。



「え……えっ、え……!?」

「奏多」

「は、はひっ……!?」






「好きだ」

「────」






 俺の言葉に、目を大きく見開く奏多。

 東から太陽が登り、俺たちを明るく照らす。突風のような風が吹き抜け、奏多の髪を大きく揺らした。



「俺、奏多が好きだ。大親友とか、『男友達』とか関係ない。1人の女性として……奏多が大好きだ」



 これが、俺の本心。嘘偽りのない、本当の気持ち。

 奏多が好きで、好きで、たまらない。

 奏多は呆然と自分の頬をつねり、俺の頬に触り、納得したように頷いた。



「あぁ、そっか……これ夢だ。あは、そうだ。そうだよ。夢に決まってる。あはは、ぼく、拗らせてるなぁ」

「夢じゃないぞ。リアルだ」

「うんうん。京水は夢の中でも優しいね」



 だから夢じゃないって。頑なだなぁ。



「ふふ。夢なら、我慢しなくていいや。ね、京水。ちょっとしゃがんで」

「ん? こう──」



 ……え……ぁ……? 顔、ちか……口、塞がれて……?

 ま、さか、これ……キスっ……!?

 ツヤやかで、張りがある唇。溶け合うようにキスをし、首に手を回して逃がそうとしない。

 甘いキスは時に優しく、時に激しく繰り返される。

 頭がおかしくなりそうな感覚に、半ば強引に奏多から離れた。



「か、かっ、かなっ……かっ……!?」

「たはは。しちゃった、キス。夢でも嬉しい……♡」

「う、うれ……?」

「京水……ぼくも大好き。ううん、愛してる。どうしようもないくらい、愛してるの。ずっとずっと、京水と一緒にいたい。京水と結婚したい。京水と子供作りたい。あぁ、京す──」

「チョップスティック!!」

「箸ッ!?」



 余りにもやべーことを言い出したもんだから、脳天にチョップを食らわせた。

 突然の衝撃に、頭を抑えて目に涙を溜める。さすがに気付いたろ、夢じゃないって。



「お……ぉごおっ……!? い、いたい……え、痛い?」

「おはよう、寝坊助」

「……えーーーーーーーっと……? きょ、京水……あれ、え、あれ……? こ、これ、夢じゃ……?」

「……夢じゃねーよ、ばかたれ」



 いきなりあんなキスしてきやがって。ファーストキスなんだが。

 奏多は目を瞬かせ、自分の唇に指を這わせると──ぼふんっ! 瞬間湯沸かし器の如く、頭から湯気を噴き出した。



「……ぁ……ゃ……きゅ〜〜〜〜……」

「っ、奏多……!」



 真後ろに倒れそうな奏多を支える。どうやら、脳がキャパオーバーになって気絶したみたいだ。

 ……とりあえず、もう1度寝かせてやるか。この後のことは……こいつが起きたら、考えよう。


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