第31話 なんやかんや
その時。急に家のチャイムが慣らされ、外から聞き馴染みのある声が聞こえて来た。
「カーナーちー。大丈夫かーい?」
「奏多、ぶっ倒れてたりしない? 生きてる?」
この声、萬木と九条か。そうか、学校を休んだ奏多を心配して来てくれたんだな……って、まだ昼前だぞ。もしかしてサボりか。俺が言えた義理じゃないけど。
布団から顔を出した奏多は、スマホをいじってギョッとした顔をした。多分、あの2人から連絡が来てたんだろうな。
「どうする? 俺、対応して来ようか」
「だ、大丈夫っ。ぼくが行くよ。……2人にも、ちゃんと説明したいからさ」
……それもそうか。あの2人には、いろいろと迷惑掛けたもんな。
ベッドから飛び起きた奏多は、足早に階段を駆け下りる。せめてガウンの前は締めなさい。
後を追って階下に向かうと、丁度靴を脱いでいた2人が、ギョッとした顔で見てきた。
「え、氷室くん? なんで君がここに……?」
「あ、そういやキョウたんも朝からいなかったけど……ずっとカナちの家にいたの?」
ま、そういう反応するよな。
耳まで真っ赤にしている奏多の横に立ち、鼻先を掻く。どう説明しよう……端的に言えばいいか。
「なんやかんやあって付き合うことになった」
「「なんやかんやとは!?」」
「へぇ。氷室くんからねぇ……」
「やるじゃん、キョウたん」
リビングでクッキーをつまみつつ、事の顛末を説明すると、ようやく理解してくれた。奏多はまだ恥ずかしいのか、頭から湯気を出して終始無言だった。
「2人には迷惑を掛けてたみたいで……ごめんな」
「いーや、むしろ友達の恋バナを聞けて楽しかったし」
「私も。最近の子は斜に構えていて、恋愛なんて興味ありませんって子ばかりでね。新鮮でおもしろ……興味深かったよ」
お前も最近の子だろ、九条。あと人の恋愛で面白みを見出すな。
「それじゃあ、ウチらはそろそろ帰ろうかにぇ。せっかく付き合えたんだったら、イチャイチャしたいだろうし──」
「待って待って待って、行かないでっ。2人にしないで……!」
立ち上がる萬木に、奏多が縋り付いた。
突然のことで目を見開く萬木と、訝しげな顔で首を傾げる九条。普通は付き合いたては2人きりでいたいはずなのに、こんなリアクションだと驚くのも無理はない。
苦笑いを浮かべ、俺から2人に説明をした。
「なんでも、俺のことが好きすぎて、触れるどころか2人きりでも緊張するらしい」
「え。でも今までは大丈夫だったんでしょ? なんで?」
萬木の言うことはもっともだ。俺だって知りたいわ。
3人の目が奏多に向く。緊張なのか、気まずさなのか、奏多は頬を掻いて目を伏せた。
「いや、あの……い、今までは親友というか、男友達ってフィルターがあったからよかったんだけど……す、好きって気持ちが全面に出ちゃうと、恥ずかしくて……!」
「わ、わかった。わかったから落ち着け、奏多」
聞いてるこっちが恥ずかしくなるわ。あー、あっつい。
「今どき珍しいくらいウブだね、奏多。ごちそうさまです」
「いーなぁー。ウチもそれだけ誰かを好きになってみたいし」
2人の言うこともわかる。ネットやSNSが全盛で、早熟し達観した子が多い時代に、ここまで誰かを好きになれるのはすごいことだ。特定天然記念物レベルの珍しさだろう。
もちろん、俺だって奏多のことは大好きだ。愛してる。けど、ここまで真摯に愛に向き合えてるかと聞かれたら、黙ってしまう。
「まあ、ご覧の通り。付き合い始めてから距離が空いたんだ、俺たち」
「ふつー逆じゃない??」
「俺もそう思う」
大丈夫だ、萬木。お前の認識は正しい。
「そういう訳で、2人には悪いけど、もう少し奏多の相談相手になってやってくれ。俺は帰るからさ」
「あーい」
「氷室くん、また学校でね」
立ち上がると、奏多が寂しそうな顔で俺を見つめてきた。そんな顔するなって、今生の別れじゃあるまいし。
「奏多。今はまだ混乱してるかもしれないけどさ、2人にいろいろぶちまけて、スッキリしろよ。で、また明日から遊ぼうな」
「う、うんっ。……ぼくもまた、京水と遊びたい……」
はは、だよな。
3人に見送られ、奏多の家を後にする。
空高く昇っている太陽を見上げ、軽く伸びをした。朝早かったし、変な起き方したから寝不足気味だ。
さて……母さんになんて言い訳しよ。鉄拳制裁、いやだなぁ。
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