第18話 悪ガキのいたずら

 まず情報として飛び込んできたのは、甘く、とろける花の香りだった。

 いつも奏多からする、男をとりこにする香りが、部屋いっぱいに満ちている。当たり前だ、奏多の部屋なんだから。

 次に目に飛び込んできた、ぬいぐるみの数々。くまが好きなのか、多種多様なくまのぬいぐるみが飾られていた。

 そしてなんと言っても、部屋の広さ。軽く十畳以上ありそう。

 こんな広い家にいたら、そりゃ寂しくもなるか。



「ほらほら。京水、ベッドの横に布団敷いて」

「あ、ああ」



 促されるがままに、隣に布団を敷く。

 奏多のベッド、でっかいな。クイーンサイズってやつか? こんなでかいベッド、旅行先のホテルでも見たことないぞ。

 横に布団を敷き、改めて部屋を見渡す。

 思いの外、綺麗に掃除されていた。奏多のことだから、もっと汚い部屋を想像してたのに。お菓子の食べかすとか、空の袋とか。



「おいコラ京水。今失礼なこと考えなかった?」

「キノセイデス」



 なんで俺の考えてることがわかるんだよ、エスパー? こわ。



「い、いや。ただぬいぐるみが多いなって思ってただけだ」

「ぬいぐるみ? そう? これでも少なくしたほうだけど」



 え。これで?

 棚にも、机にも、部屋の端々にも。大小様々なぬいぐるみが並んでいる。軽く50はありそうだ。



「引っ越してくるとき、さすがに多すぎるからってパパに止められてさ。厳選した子たちを飾ってるんだ。これからもっと増えてく予定だぜ」



 これ以上増えたら、この部屋で寝れなくなりそう。それくらい、数が多すぎる。

 奏多がベッドにダイブすると、近くにいたぬいぐるみを抱きかかえた。子供並みのサイズだ。



「やあ、わたしはジェニファー。ヨロシクネッ」

「……まさか、一つ一つに名前を?」

「もちろん。ジャック、マイケル、ミカ、トーマス、スーザン」



 一体ずつ、すらすらと紹介してくる。どんな脳の構造してるんだ……あ。そういや昔から、人形とか好きだったな。子供の頃は、男なのに人形が好きなんて変な奴って思ってたっけ。

 そうか。あの時から、好きなものは変わってないんだな。



「って、こんなことしてる暇なかった。お風呂入らないと」

「俺は母さん待ってるから、先入ってこいよ」

「ういっす~」



 ベッドから飛び降りた奏多は、部屋の隅にある衣装棚を開けて、うーむと悩みだした。

 何に悩んでるんだ、こいつは。



「ねー、京水。京水の好きな色って何?」

「え? ……赤とかオレンジの、暖色系……かな」

「ふむふむ。じゃあこれかな」



 と、鮮やかなローズレッドカラーの何かを引っ張り出した。何あれ。



「奏多、それは?」

「ん? ……むふ~」



 なんだよ、その含みのある笑顔は。こいつがこんな顔をする時って、大抵碌なこと考えてないから、あまり関わりたくないんだが。



「へいパス!」

「え? おっと」



 突然、鮮やかな何かを投げて来た。

 綺麗に四角く折りたたまれた布。一瞬ボールのようにも見えたけど、この柔らかくて艶やかな触感は違う。

 これ……まさか。



「それ、ぼくのパンツ」

「なんてもん渡してきやがるッ!」

「ぼべ!?」



 思わず全力投球で顔面に叩きつけた。でもわかるだろ、俺の気持ち。



「何すんだよ、京水」

「俺のセリフ過ぎるんだが。なんてもん渡してきやがる」

「洗ってあるから汚くないって。もしかして潔癖症?」

「ちゃうわい」



 思春期男子に派手なパンツを渡すなって言ってんの。馬鹿野郎ですか。

 てか、履く色に悩んで俺の好きな色聞くな。意識しちゃうだろう。



「ふーん。変な京水」



 お前にだけは言われたくない。






 風呂に入ってる間に母さんが荷物を持ってきて(イジられたのは言うまでもない)、リビングで待っていると、風呂から上がった奏多が戻ってきた。

 いつも通りガウンを羽織っていて、頬が薄ら上気している。

『男友達』とは言え、あまりにも無防備すぎる。今日くらいは、もっと別の寝間着を着て欲しい。



「京水、次いーよー」

「わ、わかった。入ってくる」



 とにかく、風呂に入って気持ちを落ち着けよう。最近、奏多のこと意識しすぎだぞ、俺。

 母さんに持ってきてもらった寝間着を手に風呂場に向かう。

 と、奏多が「あーそうだ」と思い出したように引き止めた。



「お風呂から出たら、お湯抜いちゃっていいよ。掃除は後でやるから」

「ん? わかった」



 それくらいなら問題ない。さっさと入っちゃおう。

 脱衣所で服を脱ぎ、特に何も考えず風呂場に入った……直後。華やかでくらむような匂いが鼻腔をくすぐり、全身が一気に熱くなった。

 ついさっきまで奏多が入っていたからか、濃いめの残り香がする。

 よくよく考えると、この風呂だって奏多の入った後だ。つまり奏多が浸かったお湯ってことで……。

 なに当たり前のこと言ってんだって思うだろうが、当たり前のことを確認しなきゃならないくらい、こっちは脳がバグってるんだよ。


 まだ風呂どころかシャワーも浴びてないのに、のぼせたと錯覚するくらいフラフラする。

 い、いかん。シャワー浴びて煩悩を振り払わないと。

 椅子に座り、シャワーのハンドルを捻る。


 ──冷水が体を叩いた。



「────!?!?」



 えっ、冷……!? は!?



「あっはははははは! ひー! ひーっ!」

「てめっ、奏多ァ!」



 風呂場の外で、いたずらが成功するか聞いてやがったな!



「ちゃんと温度を確認しない京水が悪い!」

「それはそうだけど! これはやり過ぎだろっ、つめてーわ!」

「あははは! 早く体あっためて、ぼくの部屋来なねっ。今日は語り明かそう!」



 奏多は逃げるように脱衣所から出ていく。

 ったく……あの悪ガキは。おかげで煩悩は消えたけどさ。

 深く溜息をつき、寒さに耐えながら水がお湯に変わるのを無心で待った。


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