第17話 突然の提案

 安心したのか、マシンガンのように口が回る奏多と話し込んでいると、壁掛け時計が22時を指した。もうこんな時間か。



「悪い奏多。帰るな」

「えっ、もう?」

「ああ。さすがに帰らないと、母さんにぶん殴られる」



 母さんの拳、何故かめっちゃ痛いんだよ。できれば食らいたくはない。名残惜しいが、また明日も会える。なんてったって、待ちに待った休日だからな。

 かばんを背負い、不満そうにしている奏多の頭を撫でる。



「寂しそうな顔すんなって。寝て起きたら、また遊べっから」

「し、してないしっ。変なこと言うなっ……!」



 おー怖い。威嚇された。

 これ以上奏多の機嫌を損ねないよう、早めに退散しよう。

 またな、と奏多に背を向ける。が……ぐいっ。結構な力で、かばんを引っ張られた。

 振り返ると、まだ何か言いたげな奏多がいた。口を開いては閉じ、目を泳がせている。



「奏多?」

「っ……ねえ、今日さ……泊まってかない?」



 …………………………………………。



「はい?」



 えっと……聞き間違いか? 今、泊まっていかないって……。



「今、なんて?」

「だ、だから、泊まっていかないかって……あっ。ち、違っ。別にそーいうんじゃないから、勘違いしないで! ただ、ぼくがいなくなった後のこととか……いろいろと、その……」



 徐々に語尾がしぼんでいき、何を言いたいのか聞き取れなかったが、なんとなく察した。

 俺たちには、これから先も時間がある。だから無理にここで話さなくてもいいんだろうけど……ここで帰ったら、奏多の気持ちが収まらない気がした。

 瞬時にいろんなことが脳裏を駆け巡ったが、それよりも、奏多のことが心配で……それ以外のことが、気にならなくなった。



「……わかったよ。母さんに連絡してみる」

「! い、いいの……!?」

「母さんがダメって言ったら、諦めろよ」

「……!!」



 胸の前で握りこぶしを作り、爛々と目を輝かせて頷く。

 まあ、母さんのことだから……。



『ん? ああ、いいよ』



 ほらな。二つ返事だ。

 電話の向こうの母さんは、何やら感慨深そうに何度も頷いた。絶対勘違いしてるな、これ。



『そうかいそうかい。遂に愚息も、いっぱしの男になるのかい。明日はお赤飯だね』

「ちげーよ」

『ちゃんと避妊はするんだよ。アフターピルいるかい?』

「ちげーっつってんだろ……!」

『冗談冗談。あっはっはっは!』



 親の下ネタほど、この世で聞きたくないものはねーんだが。

 母さんのド下ネタに頭を抑えていると、電話の向こうの空気が少し変わった。



『京水。マジな話し、ちゃんとカナちゃんを寂しがらせないように。あの子、発育は大人顔負けだけど、中身はアンタと同じ高校一年生。しかも昔から寂しがり屋だ。両親と離れ離れで寂しいんだろう。アンタがしっかりしな』

「っ……うん、わかった」



 そうだよな、奏多は俺と同い年の女の子だ。1人は寂しいに決まってるし、今日友達と遊んで、より寂しさが溢れてるんだ。

 そのことに気付かないなんて……俺もまだまだか。



『おし。荷物持ってってやるよ。何がいる?』

「寝間着と、明日の服。下着類も」

『はいよ。20分くらいで行くから、住所送っといて』



 母さんとの通話を切って奏多を見ると、期待するような目でこっちを見ていた。



「いいってさ」

「! yeah!! amazing!!」



 余程嬉しいらしい。飛び跳ねて、くるくると回り出した。



「これから母さんが荷物届けに来てくれるらしいから、俺は待ってるよ。奏多は風呂入るか?」

「入る! あっ、その前にお布団準備しないとっ」

「ん? 俺はソファーがあれば気にしないけど」

「は?」



 そんな何言ってんのって顔をされても。まあ、布団を用意してくれるなら、ありがたく使わせてもらうけどさ。



「わ、わかった。手伝うよ」

「ほんと? じゃあお願いしよっかな。こっちだよ」



 奏多について行き、階段を上がる。奏多の部屋は2階で、今は使われていない部屋が物置になっているらしい。因みにご両親がこっちに来たときは、1階で寝起きすることになっているんだとか。

 リビングだけでも広いのに、物置で使ってる部屋もかなりの広さだ。外観からしてそうだけど、この家めっちゃでかいんだな。

 物置のクローゼットにしまっていた布団を一式、運び出す。

 リビングに持って行こうと階段を下りようとすると。奏多に呼び止められた。



「京水、どこ行くのさ」

「どこって……リビング?」

「……ああ、だからさっきソファーがどうとか言ってたんだ」



 何かを察したらしく、やれやれと頭を振る。な、何? 俺、変なこと言ったか?



「別の部屋に寝たら、せっかくのお泊りの意味がないじゃん」

「いや、まあそうだけど……」



 じゃあどこに寝るんだよ、と言葉が出る前に、脳がまずい方へ思考を巡らせた。

 嘘、だろ。さすがに冗談だよな。冗談だと言ってくれ。

 唇が震えていると、奏多は肩を竦め……2階にある、もう1つの部屋を指さした。



「今日、京水が寝るのは、ここ。ぼくの部屋に決まってるでしょ」



 やっぱり!?



「そっ、それはまずい。本当に、まずい」

「何がまずいのさ。ぼくと京水の仲でしょ。今まで何回、一緒の布団で寝たと思ってるのさ」

「あの時は状況が違うだろ……!」



 成長した前と後じゃあ、一緒の部屋で寝るなんて考えられない。夫婦でも、ましてや恋人でもないのに。



「いーじゃんいーじゃん。同じベッドじゃないんだしさ。同じ部屋ってだけだよ」

「そうは言っても」

「はい、一名様ご案内~」



 聞け。頼むから。

 でも、こうなった奏多は止められない。一番わかってるのは、俺だ。

 断って無理やり別室で寝たら、後が面倒臭いし……覚悟を決めるか。

 内心気を引き締め、【♡KANATA♡】というプレートが下げられた扉を潜り、奏多の部屋へと入っていった。


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