第16話 不安と言い訳
空が茜色に染まり始めた頃、2人と別れ、俺たちは奏多の家に移動した。
俺の脚を枕にソファーに寝転ぶ奏多は、クッションを抱きかかえて口の緩みを抑えきれていない。ずっと、脚をバタ足のように動かしている。
「よかったな、一緒に遊べて」
「うんっ。今度は休日に出掛けようって約束もできたし、大満足だよ」
放課後に友達と遊ぶという実績を解除したからか、ずっとこの調子だ。可愛い奴め。
奏多のやわっこい頬を指先でつつきながら、ぼーっと天井を見上げる。
なんだかんだ、俺もミヤ以外と遊びに行ったことがなかったから、新鮮で楽しかった。しかも全員美少女。男たちの羨望の眼差しが、ちょっと優越だった。
まあ、全員彼女ではないんだけどさ。俺に彼女ができる日は来るんだろうか。
「あうあうあう……って、やめーい!」
「あ、ごめん」
考え事をしていたら、無意識のうちにこねくり回してたみたいだ。
奏多は跳ねるように起き上がり、じとーっとした目で見て来た。いや、ごめんて。こねくり回したのは悪かったからさ、そんな顔すんなよ。
「まったく。ぼくの綺麗な肌にシワができたらどうするつもりだ」
「肌とか気にしてんだ」
「人並みにはね。見よ、このもちぷに肌を。密かな自慢なんだぜ」
自分の柔肌を自慢するように、前屈みで眼前に近付けてくる。
うわ、すご。マジで毛穴がない。男の俺とは全然違う生物みたい……って、ちけーよ。
奏多のひたいに軽くデコピンして仰け反らせると、少し腰を浮かせ、奏多から離れるように座り直した。いちいち近いんですよ、あなた。
「ぐぬぬ……乙女に何すんだぁ……!」
「お前は乙女ってより、男友達感が強いからノーカンで」
「友達……はっ……! そうだっ、京水に聞きたいことがあったんだ!」
ソファーに飛び上がり、腰に手を当てて見下ろしてくる。
下から見える双丘の迫力がとんでもない。いつもは上からしか見てなかったから、こうやって見るのは新鮮だ。
慣れない光景に目が泳ぐ。けど奏多はそんな俺に気付かず、ジト目で睨めつけてきた。
「京水、あの女の子は誰? 随分と仲良さそうにしてたけど」
「……女の子?」
誰のことを言ってるんだ? 九条? それとも萬木?
いや、そんなわけないか。あの2人のことを言ってるなら、誰なんて聞かない。
じゃあ……誰だ? まさか、俺には見えてない女が見えてるんじゃ……!?
背筋に冷たいものが走り、周りを見る。もちろん誰もいないが、怖いものは怖い。
「お、おどかすなよっ。女の子なんていないじゃないか……!」
「違う。今朝、京水と一緒に歩いてた子」
「今朝?」
今朝は確か、ミヤと一緒に歩いてた。それ以外の奴とは……あ。
「それってジャージ着て、バドミントンのラケットを背負ってた?」
「そう。ずいぶんと可愛い子だったねっ。あんなに鼻の下伸ばしちゃって……ふんっ」
伸ばしてねーよ。
てかミヤの奴、また女と間違えられたのか。……まあ、普通に可愛いからな。初見じゃ見破るのは無理だ。
「あいつ男だぞ」
「嘘乙」
おい、どこで覚えた、そんな言葉。
「嘘じゃないって」
「あーんな可愛い男の子がいてたまるかーい!!」
ちゃぶ台返しをするが如く諸手を上げ、そのままダイブするように倒れ込んで……って危な!
落ちてくる奏多を慌てて受け止める。が、勢い余ってソファーに倒れた。
ぐにゅう〜……。
「ッ────!」
……ハッ!? や、やばいっ。全身で奏多の柔らかさを感じちゃって、思考が飛んだぞ……!
横たわりながら、天井を見上げる。
どうすればいいかわからず硬直していると、俺の顔の横に手を置いた奏多が、ゆっくりと体を離した。
艶やかな髪が垂れ、頬を甘く撫でる。
電灯が髪で遮断された薄暗い中……紫紺色に妖しく光る瞳が、宝石のように瞬いた。
あまりにも綺麗で、美しくて、眩くて……思わず、奏多に手を伸ばした。
触れるか触れないかのところで、動きを止めた。
指が震えて、手を下ろそうとした時。奏多から、手に擦り寄ってきた。
「……ほんとに? あの子、本当に男の子?」
「……ああ、本当だ。誓って、嘘は言ってない」
「京水とは、何もない? 恋人じゃない?」
「あいつとは何もないよ。中学からの友達だ」
真っ直ぐ、俺の目を覗き込みながら聞いている。まるで、真偽を確かめるように。
奏多の真摯な眼差しを、俺も真正面から受け止めた。
「……わかった。信じる」
ほ……よかった。信じてくれて。
にしても、驚いた。あいつが女だって勘違いされることはあるけど、恋人かって聞かれたのは初めてだから。
日本でも同性愛が認められつつあるけど、さすが自由の国アメリカで育っただけある。
奏多は起き上がると、ほっと息を吐いて俺の隣に座り直した。
「なんだ? 俺が誰かと付き合ってるとでも思ったか?」
「ちっ、ちちちち違うしっ。京水はぼくの大親友だからね。付き合うにしても、変な奴か確かめる義務があるというか……!」
「はっはっは。いつまでも、俺離れができないなぁ、奏多は」
「なっ、撫でんな! ばか京水!」
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