第8話 心の進展

 奏多と少し距離を取り、青々と生い茂るイチョウ並木を学校に向かって歩いていく。

 学校が近付くにつれて、登校自体に億劫になっている制服姿の生徒の姿が増えて来た。

 多くなってくると、必然的に奏多の存在感が際立つ。誰もが見惚れ、誰もが目を奪われる。

 奏多も見られていることを自覚しているのか、それとも無意識に猫を被っているのか、風で揺らめく髪を抑え、お淑やかな微笑みを浮かべて様々な視線を一身に受けていた。

 羨望、憧憬、嫉妬、好意。恐らく話したことがない奴がほとんどなのに、見た目のインパクトだけで奏多に向ける感情が決まっている。

 大親友として誇らしいと同時に、お前らに何がわかるって思ってしまうあたり……随分と心が狭いな、俺も。



「カナちー、やっほー」

「おはよう、奏多」

「あ、純恋さん、麗奈さん。おはようございます」



 十字路に入ったところで、奏多を呼ぶアニメ声と王子様ボイスが聞こえて来た。

 目を向けると、クラスメイトの萬木ギャル九条王子様がいる。

 クラスでもいつも一緒だと思ったけど、登校するときも一緒なのか。仲いいんだな、あの2人。


 ベクトルの違う美少女が合流したせいで、視線が分散する。安心からか、奏多は少しだけ2人と距離を詰めた。



「お2人のお家は、向こうの方なのですね」

「そだよ。同じマンションに住んでんだ~」

「いわゆる、幼馴染みってやつだよ。不本意ながら」

「麗奈ひっどい!」

「ふふ」

「……冗談だよくらい言えっ」



 スクールバッグで九条を殴るが、平然とそれを受け止めた。

 2人の表情からわかる。ああいうやり取りも含めて冗談だって。

 その気持ち、わかる。ただの友達に言うと角が立つけど、親友だから言えることってあるよな。



「奏多って昔はここに住んでいたんだよね? 当時の友達とは、もう再会したのかい?」

「はい。と言っても、1人だけですけど」

「驚いていたんじゃないかい? こんなに可愛く……成長してさ」



 九条の視線が奏多の胸に落ち、流れるように自身の胸に手を当てたのを、見逃さなかった。

 大丈夫だ、九条。そういう需要もあるさ。……年齢的には、もう成長は期待できないだろうけど。



「んー、そうですね……」



 奏多は俺の方を見て、一瞬いたずら小僧の笑顔を浮かべた。



「その子とは親友で、よく遊んでたんです。沢山、思い出はあるんですけど、どうも私のことを男の子だと思ってたみたいで。再会して早々『お前女だったのか!?』って言われてしまいました」



 ぶっ!? そ、それを言うか、お前……! 何もそのことを言わなくてもいいだろっ。



「うわっ、ひっどい! こんな美少女なのに……!」

「奏多には悪いけど、そいつの目は節穴じゃないか?」



 節穴で悪うござんしたね。どうせ節穴ですよ。

 はぁ……多分このこと、一生擦られ続けるんだろうな。俺のせいだし、甘んじて受け入れるけど。



「そうかもしれませんね。でも……その子の前では、飾らない素の私でいられるんです」

「ふーん……大切なんだ、その幼馴染みのこと」

「はい。大切な親友です」



 九条の言葉に、即答する奏多。

 嬉しいやら、恥ずかしいやら……これ以上聞いているのが申し訳なくなる。

 てか奏多の奴、俺を辱めるためにわざと聞こえるように言ってやがるな。馬鹿め、その手には乗らんぞ。



「ほーん。ねえねえ、その子って誰? ウチのクラス? それとも他クラス……あ、まさか他校? カナちの親友、ウチも会ってみたい! てか今度4人で遊ばない? おっぱいの大きい子用の下着もあるランジェリーショップがあるんだけど、一緒に行こうよっ」

「それは私に対する挑戦状かな、純恋」

「自意識過剰チョーップ」



 萬木はどゅくし、どゅくしと九条にチョップを繰り出すも、ことごとくを止められたいた。

 ランジェリーショップ……って、下着屋だよな。まさか萬木、奏多の親友が女だって決めつけて話してるな?

 奏多もそれを察したのか、困ったような笑顔を見せた。



「えーっと……ごめんなさい。その子、男の子で……」

「あ、そうだったの? あちゃー、それじゃあランジェリーショップはダメかぁ。なら駅前の百貨店めぐりとか? カナちの好きなもの知りたいし」

「それは……その子も一緒に、ですか?」

「もち! あ、男の子だから~とか別に気にしなくていいからね。むしろ大歓迎!」



 お、おぉ……? まさか、男だと知っても歓迎されるなんて思わなかった。

 でも、本当にいいんだろうか。社交辞令って落ちだけは勘弁してほしい。女性不審になっちゃうから。



「そうですね……後で聞いてみます」

「うん、よろしくっ」



 よろしくと言われましても。

 美少女3人と遊びに出掛ける、かぁ……字面だけ見たら魅力的なんだろうけど、相手が俺って知ったら、2人とも奏多のことを変な目で見ないか心配だ。

 行くべきか、断るべきか。

 どうしようか心の中で決めかねていると、九条が「ところで」と口を開いた。



「その男の子と再会して、心の進展とかはあったのかい?」

「心の進展……?」

「親友として接していても、結局は男女。しかも長い間一緒にいれなかったんだ。成長した彼を見てドキッとしたとか、そういうのはないのかい?」

「あ、それウチも気になる~」



 な……なんつー答えづらいことを聞いてんだ、九条のやつ。

 ここからじゃ、奏多がどういう表情をしているのかは見えない。でも多分、迷惑そうな顔をしてんだろうな。

 これ以上の盗み聞きは、奏多の名誉のためにやめておこう。

 人知れず歩く速度を上げ、3人から距離を取る。



「そ、それは……」

「おやおやおや? その表情は……」

「にゅふふ、カナちくぁわいい~」



 ……どんな表情をしてるのか気になるけど、振り返るわけにもいかないか。

 吹きすさぶ風がイチョウを揺らす中、遠くに見える古びた校舎まで、小走りで向かっていった。


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