第7話 いろいろあるお年頃

   ◆京水side◆



 燦々と降り注ぐ陽光を全身に浴びながら、弁当を片手に奏多の家に向かう。

 昼飯も任せろと言った手前、持って行ってやらないとな。親友価格で100円でいいだろ。


 しばらく歩くと、朝日に照らされた洋風建築が見えてきた。

 屋根には小鳥が留まっていて、消え入りそうなさえずりを上げている。アニメ映画のワンシーンみたいな、儚げでつい見とれてしまう美しさだ。


 創作の中では、この家に住んでる人はとても綺麗な女性で、趣味は料理とピアノ。大きな犬を飼っていることだろう。

 そんな妄想を膨らませ、インターホンを押す。

 待つこと10数秒。インターホンの向こうから、眠そうな声が聞こえてきた。



『ふあぁ〜い……? おかえりくださぁい』

「来てやった大親友に帰れとはなんだ、寝坊助」

『んぇ……? ……あ、きょーすい。なんでいんの?』

「弁当持って来てやったんだよ。約束したろ」

『べんとー……お弁当!』



 ようやく目が覚めたらしい。家の中からドタバタと足音が聞こえてくると、勢いよく扉が開いて奏多が飛び出してきた。



「おはようお弁当!」

「京水だバカタレ。って……前、前っ……!」



 なんつー格好してんだ、こいつっ……!

 出てきたと思ったら、ガウンの前がはだけたあられもない姿をしやがって。

 胸の大事な部分は、辛うじて隠れている。下には水色の布も見えてるから、全裸ではないのが救いだ。

 ガウンを着るのはいいけど、もう少し自分の格好を自覚しろ、バカタレが……!



「え? ……あ。たはは、いやぁ、お恥ずかしい」



 さすがに今の格好はまずいと思ったらしく、後ろを向いて帯紐を結び直した。

 変に高鳴ってる心臓が痛い。朝から心臓に悪すぎる。



「よし、っと。たはは、お待たせ、京水。ぼく着替えてくるから、家の中で待っててよ」



 是非ともそうしてくれ。人に見られたら大変だ。

 家の中に戻る奏多に続いて、俺も入る。

 朝飯の途中だったんだろうか。テーブルには、こんがり真っ黒になったトーストと、コーンポタージュの入ったマグカップ(盛大にこぼしている)が置かれていた。

 焼くだけのトーストでここまで黒焦げにできるなんて、ある意味才能では……。


 ソファーに座らせてもらい、スマホをいじって待っていると、軽快なステップ音と共に奏多がリビングに入ってきた。

 もう見慣れた制服姿に、安心感を覚える。私服だと露出度高いんだよ、こいつ。



「おっまたー」

「待ってねーよ。飯、冷めちまうぞ」

「あ、そだった」



 ジャンプするように俺の隣に座ると、食べかけのトーストにかじりつく。



「んー、うまい!」

「結構黒いけど、うまいのか?」

「意外と病みつきになるんだよ。食べてみる? はい、あーん」

「え」



 思わぬことに、ついキョドってしまった。

 あーんなんて、人生で1度もされたことない。子供の頃はあったんだろうけど、少なくとも記憶にある限りでは。

 しかも奏多の食べかけ。さっきまで黒焦げのトーストにしか見えなかったのに、小さい歯型がついてるだけで、高級レストランのトーストのような魅力を感じた。

 喉の奥に絡まる唾液を飲み込む。

 意識しなくてもしてしまう。間接キスを。

 童貞どころか、キスすら未経験の俺だ。相手が奏多であっても、ハードルが高い。



「? どうしたの?」



 小首を傾げる奏多の唇に目がいく。ぷっくりとしている唇が色っぽい。

 いや、いや。考えすぎだ。相手は奏多。ただの大親友だ。親友なら、食いかけの食べ回しくらい普通だろ。



「そ、それじゃあ」



 平静を装い、口を開く。

 ええい、ままよっ。

 トーストにかじりつくと──ガチッ。目の前からトーストが消え、空気を噛んだ。



「いえーい引っかかった〜」

「テメェ……」

「貴重な朝飯をあげるもんか。ばーか♪」



 殴りたい、その笑顔。

 本気で思っていると、奏多は残りのトーストを頬張り、コーンポタージュで一気に流し込んだ。



「ん、ゴチ! 満足!」

「はいはい。そんじゃ、そろそろ行くか」

「ういっす」



 食い終えた食器をシンクに入れ、並んで家を出る。

 奏多の手には、大切そうに俺の作った弁当が握られていた。



「えへへ。おべんと、おべんと♪」

「そんなに楽しみだったのか?」

「もちろん! 誰かの作ったお弁当って久々だからさっ」



 そういや、アメリカでは給食が出るんだっけ。それを考えると、喜ぶ気持ちもわかるな。



「っと、そーだ。ねえ京水。今日のお昼、一緒に食べる?」

「一緒にって……無理だろ」

「なんで」



 なんでも何も、こいつと飯を食いたい奴がどんだけいると思ってんだ。

 もしそんな所に突入して、普段は接点も何もない俺が一緒に飯を食い始めたら、周りはなんて思う? ……想像に難くない。


 懇切丁寧に説明すると、理解はしたが納得はしてないって顔で睨みつけてきた。



「そんなの気にする必要なくない? ぼくら親友だよ? ご飯くらい一緒に食べていいでしょ」

「日本の高校にはいろいろとあるんだよ。なんで冴えない男が〜とかな」

「チッ……‪✕‬‪‪‪✕‬‪‪‪✕‬‪‪‪✕‬‪‪‪✕‬‪‪‪✕‬‪‪が」



 おい。今英語でやべー言葉言ったろ。英語ができない俺でもそれくらいは知ってんだからな。



「それに、飯を食う相手なら九条とか萬木がいるだろ。俺のことは気にせず、アイツらと食えよ」

「あーい。ま……2人きり、だもんね」

「────」



 あ、やば。今、心臓が変な動きした。

 魅力的で、蠱惑的で、どこか妖艶さを漂わせる笑みに、一瞬世界が止まったような感覚を覚えた。

 それは、どういう意味か。脳裏を駆け巡る様々な思考が、口をついて──



「誰にも邪魔されず、思う存分京水のメシが食えるからねっ! 今からめっちゃ楽しみ!」



 ──出る前に、必死で飲み込んだ。

 なんつー勘違いさせるセリフを吐くんだ、こいつは。いやまあ、勝手に勘違いしたのは俺だけど。



「んお? 京水、変な顔してどしたん?」

「変な顔は余計だ。それより、もうそろそろ離れて歩いた方が良くないか? 学校近付いてるし、誰かに見られるかも」

「はぁ〜……日本の高校だりぃ。別にぼくが誰と一緒にいようが、関係ないでしょ」



 ぶつぶつ文句を垂れ流すが、郷に入っては郷に従えの精神で、最終的には納得してくれた。


 俺だって奏多と一緒にいたいさ。

 けど、いろいろあるんだよ、思春期にはさ。


 ────────────────────


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