第5話 変わらない景色

 その後、ちょっと気まずい空気にはなったが、何事もなく普通に振る舞った。

 ……振る舞えたかは定かではないけど、一応。


 特にイベントも発生せず、時刻も17時を回る。

 今日はうちで飯を食うから、そろそろ出ないとまずいな。



「奏多、そろそろうち行くか」

「あーい。あ、待って待って。着替えてくるから」

「ん? ああ、わかった」



 確かに、その薄着で外に出るのはまずい。下手すると痴女に見られかねない。

 奏多は2階にすっ飛んでいくと、数分もしないうちに駆け降りて来た。

 丈が短くてへその出ているパーカーを着て、下にはタイトなジーパン。頭にはキャップを被って、リュックサック背負っている。

 なんというか……アメリカンな格好だ。アメリカに行ったことないから知らないけど。



「おまたー」

「それで行くのか?」

「んえ? 変? 普通じゃん?」



 姿見で自分の姿を見て、可愛くポーズを決める。

 そ、そうか。普通か。まあ、奏多がそれを着たいなら、なんでもいいや。……隣を歩く俺の方が恥ずかしいなんて言えないし。

 内心そう思っていると、奏多が少し前かがみで見上げて来た。



「どうどう? かわい?」

「……馬子にも衣装」

「どーいう意味だ!」



 似合ってるなんて言わせんな、恥ずかしい。



   ◆◆◆



 奏多の家を出て、我が家に向かって歩き出す。

 久々の道だからか、奏多はあちこちを見回して嬉しそうにしていた。



「あれ! ここの柿の木、なくなっちゃったの!?」

「ああ。手入れが大変だからって、3年前にな」

「そーなんだぁ。ここのおばあちゃん、たまにくれたよね。美味しかったなぁ……」



 はは。そうだったな。

 俺たちはいつもこの辺で遊び回って、近所の人とは結構仲良くさせてもらっていた。

 ここの家も、向かいの家も、その隣も……懐かしいな。

 けど8年も経てば、だいぶ変わってしまった。

 ちょっとずつ空き家が増えて、仲良くさせてもらっていた人たちも、亡くなったり施設に行ってしまったり……時間の流れを、嫌でも痛感させられるな。


 あそこであれをやった。ここで何をやったと話しながら歩くこと10分弱。

 ようやく、俺の住んでいる家が見えて来た。

 庭付き一軒家。昔からなんら変わらない、俺の生家だ。



「んおぉ~。変わんね~」

「そりゃな。お前の描いた落書き、まだ残ってるぞ」

「あ、あれは京水も共犯じゃんか!」

「ハッハッハ」

「誤魔化すな、あほ京水!」



 いで、ケツ蹴るなっ。

 反撃でチョップをしようとすると、軽々と避けられてしまった。やるな、こいつ。



「ふっふっふ。忘れたかい、京水。君よりぼくの方が強いってことを……!」

「甘いな。俺だってあの時から成長しているのだ……!」



 アチョー、と似非カンフーごっこをしていると……ガチャ。突然、家の扉が開いた。



「アンタら、いい歳してなに馬鹿なことしてんのさ」

「「決闘」」

「……ホント、変わらんね、アンタらは」



 家から出て来た母さんは、呆れ顔で頭を抑えた。いやぁ、それほどでも。

 しょうがない。決着はまた次の機会ってことで。

 奏多も同じことを思ったようで、母さんの方に駆けていった。



「マミー、久しぶりー!」

「久しぶりだね、かなちゃん。いやぁ、見違えるほど成長して……!」



 おい母さん。ガン見しすぎだろ、主に一部分。



「……って、あれ? 母さん、驚かないのか?」

「何を」

「奏多が女の子だったってこと」

「は?」



 いや、その……ゴミを見るような目でみないでください。



「何言ってんだか。かなちゃんはずっと女の子だろう。……まさか京水、気付いてなかったのかい?」

「そうなんだよマミー。京水ったら酷いんだよっ。会っていきなり、『女だったのか!?』って~」

「うわ……」

「謝る。謝るから実の息子にそんな顔を向けないでくれ」



 くそう。こいつが女だって気付いてなかったの、俺だけなのかよ。



「まあ、そのことは後でじっくりと話し合うとして……早く入んな。夕ご飯、できてるよ」

「やったー! マミーのごはーん!」



 奏多は家に入るなり、まるで実家のように洗面所に一直線に向かった。

 まあ、俺は奏多の家に。奏多は俺の家に頻繁に来てたから、勝手知ったるってことなんだろう。



「あ、そうだ、母さん。俺、明日から奏多に飯作ることになったから」

「どうしたのさ、突然」



 母さんに、奏多の食生活のことを話すと、深いため息をついて頭を抑えた。

 まあ、そういう反応にもなるよな。こんな食生活を聞いたら、誰だって頭を抱えたくなるって。



「そういうことなら、わかったよ。ちゃんとしたご飯を食べさせてやんな。んで、たまにはうちのご飯を食べさせに来るんだよ。いきなり息子と娘がいなくなっちゃ、母ちゃんも寂しいからね」

「なんだよ、娘って」

「え? 今日は結婚の報告だろ?」

「断じて違うッ」

「冗談冗談。そう言うのはまだ早いさね。あっはっはっは!」



 母さんは豪快に笑うと、先にリビングへと入っていった。

 ったく……冗談きついって。……ただでさえ、意識してるんだからさ。くそ。


 そっとため息をつき、俺も制服から普段着に着替えるべく、2階の俺の部屋に向かった。


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