第4話 成長した2人
◆◆◆
「火咲さん、一緒にお弁当食べよ?」
「私も一緒に食べたい!」
「私もいい?」
「俺も俺も!」
「火咲さんとお話したい!」
「火咲さん」
「火咲さん」
「火咲さん!」
おーおー。相変わらずの大人気だ。
今日も朝から、奏多の所にはたくさんの生徒が押し寄せていた。おかげで昼休みになった今も、話しかける隙がない。
まあ、こうなることは予想はしていたけど。
奏多は困ったような笑顔を見せ、おろおろしていた。あいつ、あんな顔もするんだな。
「そ、その、私……」
「こら男子っ。下心丸見せで火咲サンに近付くんじゃない!」
「火咲さんが困ってるでしょ。散った散った」
と、クラスを仕切っている女子グループが、奏多を囲って男子共を追い返していた。
誰だっけ、あの2人。
1人はかなり派手めなギャル。金髪にゆるいパーマをかけているのが特徴的で、スマホに大きなくまのキーホルダーを付けている。
もう1人はボーイッシュな王子様系。黒髪ショートで、背が高い。女子の制服を着ていなかったら、男と見間違えるくらい中性的な美形だ。
なんにせよ、2人のおかげでだいぶ人が少なくなった。
「ほ……すみません、ありがとうございます。
「いいっていいって。……って、あれ? うちら自己紹介したっけ?」
「クラスの皆さんのお名前は、全員覚えています。これから共に勉学に励むのですから」
奏多の言葉に、聞き耳を立てていたクラスメイトたちはうっとりした顔をしている。
そういや、異様に記憶力よかったな、奏多って。戦隊シリーズを初期から全部、名前と変身ポーズを覚えてたっけ。
「すげー! やっぱ帰国子女って、頭いーんだ!」
「帰国子女だからってわけじゃないでしょ。彼女が努力家なんだよ」
「あた」
前のめりになったギャルさんを御するように、チョップをかますボーイッシュさん。仲いいな、あそこも。
「改めて。私は
「ウチはね、
「はい。火咲奏多です。私も、奏多でいいですよ」
お淑やかに微笑む奏多に見惚れる2人。
同性の心すら射貫くほど、奏多の笑顔は完璧を極めてるんだよな。俺も、昨日何度心を射貫かれたか。
「せっかくですから、一緒にお食事でもどうですか?」
「いーのっ? へへ、やった~」
「いいのかい?」
「もちろんです」
奏多からの申し出に、2人は嬉しそうに机を囲った。
よかった……奏多を取り合って、最終的に孤立、なんて最悪の展開を予想していたけど、うまく友達ができたみたいで。
それがクラスカーストトップの2人なら、あいつも安心して任せられるな。
さて、購買にパンを買いに行くか。男子高校生の胃袋は、弁当一個じゃ足んねーし。
九条と萬木と飯を食う奏多を横目に立ち上がる。
何か言いたそうな顔でこっちを見ていたが、安心させるように、少し微笑んでから教室を出ていった。
◆◆◆
「……何してんの?」
「壁倒立」
いや、なんでそれをしてるのかって聞いたんだけど。
約束通りに奏多の家に行くと、既に帰って着替えていた奏多が、リビングで変なことをしていた。……いや、変なのは昔からか。
「こうしてないと、発作的に飛び掛っちゃう気がして」
「発作的に闇討ちしようとすんな」
「たはは。……わっ!」
どてーん! ひっくり返った。まったく、何してんだか。
潰れたカエルみたいになってる奏多に手を差し出すと、また満面の笑みを見せた。
「たはは。懐かしいね、こういうの」
「お前、暴走してよくコケてたもんな」
「うっせ、ばーか」
「え、逆ギレ?」
奏多は俺の手を取り、立ち上がる。
今日も今日とて、かなりの薄着。目のやり場に困るから、上着くらい来て欲しい。
「あ、そうだ。母さんに奏多のこと話したら、なんで連れてこないのってぶん殴られた」
「ワォ。相変わらずデンジャラスマミー」
「てなわけで、今日の夕飯はうちで食うぞ」
「いいの!? イェーイッ、マミーのご飯大好き!」
ぴょんぴょんと跳ねて、ウキウキ顔の奏多。
確かに、いつもうちで飯を食うのが好きだったっけ。確か、おばさんが料理苦手で、飯が美味くないとか。
「おばさん、まだ料理苦手なのか?」
「うん。アメリカでは基本惣菜か外食か……たまにハウスキーパーさんの作ってくれた料理くらいだったよ」
「不健康ここに極まれり」
それはさすがに体壊すだろ。よくここまですくすくと育ったな。主に一部が。
「……ん? 待て。じゃあ昨日の夜は……」
「みんな大好きインスタントヌードル!」
「……それだけ?」
「を、2個!」
「不健康!!」
びっくりするほど不健康飯だった。なんで得意気な顔してんだ、こいつ。
……あれ、待てよ……? こいつ、これから来年まで、ずっとこんな飯を食うつもりじゃ……?
想像しただけでゾッとした。これじゃあ糖尿病まっしぐらだろう。というか、絶対太るに決まってる。
頭を抱えていると、奏多が心配そうな顔で覗き込んできた。
「京水、どうしたの? 頭悪い?」
「それを言うなら頭痛い、だ。はぁ……奏多。生活費はどうしてる?」
「え? 毎月、パパから振り込まれてるよ。ほら」
スマホの口座アプリを開いて見せてもらうと……ぶっ!? こんなに!?
昔から金持ちだとは思ってたけど、こんな額を子供に渡すなんて……おじさん、いったいなんの仕事をしてるんだ。
「そ、それじゃあ食費や光熱費を出すなら、毎晩俺が飯を作ってやる」
「……ほぇ……?」
まさかの提案だったのか、ぽかんとした。なんつー顔してんだ。
「このままの食生活を続けてたら、いつか病気になりそうだからな。幸い、俺も人並みに飯は作れる。どうだ?」
「い、いいのっ? 本当に?」
「不満ならこの話はなかったことに」
「不満なんてあるわけないじゃないか! むしろ嬉しい! 大賛成!」
お、おぉ……? そうか、そんなに手料理が食べたかったのか。
そりゃそうか。誰だって、インスタントやコンビニ飯より、人の作った飯を食べたいに決まってるもんな。
「毎晩ってことは、毎日来てくれるってことだよねっ? そうだよねっ?」
「まあな。さすがに、母さんの許可は取らなきゃいけないけど」
うちの全権は、だいたい母さんが握っていると言っても過言ではない。
昔何があったのか、それとも惚れた弱みなのか、父さんは母さんの尻に敷かれてるし。それに、仕事の都合で夜遅く帰ってくることが多いから、俺に関しては基本放任だったりする。
まあ、母さんなら許してくれるだろ。母さんって昔から、奏多のことお気に入りだったし。
「因みに、奏多の好きなものってなんだ?」
「たくさんあるよ。ハンバーガーでしょ、ピザでしょ、フライドチキンでしょ、サンドウィッチでしょ、ホットドッグでしょ、ステーキでしょ、フレンチフライでしょ、パンケーキでしょ、ブラウニーでしょ、アップルパイでしょ、ドーナッツでしょ、アイスクリームでしょ、クッキーでしょ。後は~……」
「……太るぞ」
「ふっ、太んないし! ちゃんと適正量で抑えてるし!」
適正量で抑えてたとしても、栄養が偏りすぎて健康的じゃなさすぎる。
想像しただけで胸やけしそう。全部高カロリーじゃねーか。
好物のものを作って喜ばせてやろうと思ったけど、これじゃあダメだな。ちゃんと栄養あるもの食べさせてやらないと。
「じゃあ昼飯は? 今日は何食った?」
「惣菜パンと菓子パン。日本のパンって美味しいんだよね。個人的には、もう少し味が濃い方が好みだけど」
あれ以上味を濃くしてどうする。十分濃いぞ、日本のパン。
どうしよう、頭が痛くなってきた。まあ、同級生でも総菜パンを昼飯にする奴はいるけどさ……親友がそんな体に悪いものしか食ってないって聞かされると、どうにかしてあげたくなる。
このままこの食生活を続けてたら、いずれこの体がだるんだるんに……ダメだ、想像したくない……!
「奏多。明日からの昼飯、俺に任せてくれ」
「え? どゆこと?」
「お前の分も俺が作る。いや作らせてほしい」
「ええ!? い、いきなりどうしたのさ……!?」
頬を朱色に染めて、目が泳ぐ。そんなに驚くことか?
「いきなりも何も、太ったお前を見たくない」
「ぐさっ……! や……やっぱり、太るかな……?」
「ああ、確実に。このままじゃバストウエストヒップがすべて一緒のドラム缶体形になるだろう」
「酷くない!? その言い方は酷くないかい!?」
全然酷くない。今のこいつの食生活の方が何倍も酷い。
奏多はむすーっと頬を膨らませるが、すぐに顔を逸らし、こくりと頷いた。
「まぁ……君がずっと、ぼくのために作ってくれるなら……いいよ」
「ああ、任せてくれ。お前のおっぱいは俺が守る」
「それか! やっぱりそれなのか! こんにゃろっ、ぼくだってでっかくなりたくてでっかくなったんじゃないんだぞ!」
やべ、怒らせた。
追いかけてくる奏多から逃げつつ、リビングを走り回る。
あぁ、これこれ。この感覚も懐かしい。昔からこうして、いっぱい遊んでたんだ。
奏多も、本気で追いかけてはいない。昔を懐かしむように、楽しそうな笑顔で追いかけてきていた……が。
「キャッ……!」
「あ、奏多……!」
突然、足をソファーに引っ掛けた。危ない……!
奏多に手を伸ばし、受け止めようとする。が、しかし。俺も急に方向を変えたから、バランスが……!
さらにさらに、フローリングで靴下が滑るというアクシデント発生。
完全にバランスを崩し、逆に奏多を押し倒してしまった。
「ぁ……」
「っ……」
覆いかぶさる俺と、目を見開いてキュッと口を結ぶ奏多。
奏多の頬が朱色に染まっている。俺の頬も熱い。多分、俺も同じ状態だろう。
恥ずかしがる奏多が、やけに色っぽく、可愛く見える。
今すぐ離れなきゃいけないとわかっていつつ、このままずっと見ていたいような感覚に、すぐさま体が動かなかった。
俺が動かないことで、
「きょ……京水っ。だめ……だよ……?」
「奏多……」
ダメと言いつつ、目はダメと言っていない。
その得も言えぬ色気に、俺の食指が動こうとした……その時。
──ピンポーン。
「火咲さーん。宅配でーす」
「「ッ!?」」
宅配の声に、2人して一斉に離れる。
「あ、えと、その……ぼ、ぼく、荷物受け取ってくるね!」
「あ、ああ」
身なりを整えてリビングを飛び出す奏多を見送ると、急に来た疲れと共にソファーへ座り込んだ。
あ、危なかった。もしここで来てくれなかったら、俺……。
その先のことを想像してしまい、全力で頭を振る。
だ、ダメだろう。俺たちは友達で、大親友で……でもそれは、過去のこと。今はお互いに成長した……成長しすぎてしまった。
体も、精神も、知識も……あの頃とは、違う。
このまま親友として接することなんて……本当に、できるんだろうか?
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