第3話 懐かしむ2人

 とりあえず言われた通りに部屋に上がると、リビングに通された。

 リビングにも物は少ない。最低限度、ソファーやテーブル、テレビ、オーブンレンジがあるくらいだ。

 まだ開けてないダンボールも山積みで、これから荷解きしていくのだろう。


 当たり前だけど……昔のこいつの家じゃ、ないんだな。

 ……ちょっぴり寂しいと思ったのは、内緒だ。



「京水〜、服脱いじゃって。乾燥掛けるからさ」

「ああ、わかった。頼……むっ!?」



 ちょ、おまっ、こいつ……!? 何ここでボタン外してんだ!?

 慌てて背中を向けて、両手で目を覆う。



「お、おい! さすがにお前は自分の部屋行けよっ!」

「何を今更恥ずかしがってるのさ。ぼくと京水の仲じゃないか」

「おまっ、自分がどんだけ成長してるのかわかってる!?」

「京水になら見られても構わないけど……まあ、君がそこまで気にするなら、ぼくは部屋で着替えてくるよ」



 ここにガウン置いとくよ、と言われ、リビングを出ていく音が聞こえる。

 はぁ〜……ようやく1人になれた……。

 慣れない。余りにも、慣れない。

 確かに昔は毎日のように……それこそ、何をするにしても一緒だった。

 だからって、今でも同じ距離感は……心臓に悪い。



「これから、どうなるんだろう……」



 気にしても仕方ないんだろうけどな。

 本当に昔みたいに、一緒に遊んでられるのか……心配だ。






 濡れた制服を脱ぎ、用意してもらったガウンを着る。

 ……少し小さく感じるけど、奏多のやつかな。この匂いも、奏多からした匂いと同じ……って、何考えてんだ俺は、バカか……!


 頭を振って邪な気持ちを捨てる。

 と、2階から奏多が降りてくる足音が聞こえてきた。



「京水、着替えたー?」

「ああ。ガウンありがと……な……」



 あ……おぉ……なんつー格好してんだ、こいつ……。

 着ているのは普通のTシャツだ。タイト気味で、体のラインがしっかり出すぎているが。

 いや、うん。これが私服だったら、俺が何も言うことはない……な。好きで着てるものに、俺がとやかく言う権利はない。

 ショートパンツから伸びる生足が艶めかしい。

 俺は自然に目を逸らし、濡れた制服を手にした。



「えっと、乾燥だっけ? どこでするんだ?」

「あ、いいよ。ぼくがやっておくから、京水はのんびりしてなって」



 と、半ば強制的に奪われてしまった。

 のんびりっつったってなぁ……とりあえず、ソファーに座るか。

 明らかに高そうなソファーに腰を掛けると、全身の力が一気に抜けた感覚になった。変に緊張してたんだなぁ、俺。

 そっとため息をつき、ざっとリビングを見渡す。

 ……広いな、本当に。無粋だけど、昔から金持ちだったもんな、奏多の家は。

 でも、この先一年は、この広い家に一人暮らしか……なんか心配だ。そもそも、家事とかできるのか? あいつ。


 奏多の生活面の心配をしていると、のほほんとした顔の本人が戻ってきた。



「ふいー。よーやっと落ち着けるね~。はいどーん」

「うぉっ」



 きゅ、急にダイブしてくんな、危ないだろ……!

 奏多は俺の脚を枕にして、じっと見上げてきた。



「な、なんだよ……?」

「んふ~。本当に京水なんだなって」

「なんだそりゃ」

「だって、急に引っ越しちゃってさ……パパとママからは、もう日本には戻れないかもって言われちゃって……ぼく、めっちゃ泣いたんだよ。もう京水には会えないって思って」



 それは……そんなの、俺だって同じだ。

 物心ついたときからずっと一緒にいて、一生の友達だと思っていた奴が、急にいなくなったら……そりゃ、泣くだろ。


 当時のことを懐かしんでいると、奏多が手を伸ばして俺の頬を撫でた。

 はは、懐かしい。これ、こいつの癖なんだよな。なぜか俺の頬に触りたがるんだ。



「汚いぞ。脂ギッシュだろ」

「気にならないよ。京水の肌だもん」

「思春期真っ盛りの男子高校生には、嬉しい言葉だな」



 肌について悩む男子高校生は多い。俺も年頃だ。気にならないと言ったら嘘になる。

 でも、女子から気にならないって言われると、ちょっとだけ救われた気分になる。


 奏多を見下ろすと、当時と同じ屈託のない笑顔を浮かべていた。

 改めて、再会を喜んでいるみたいだ。



「やっぱ変わってないな、奏多」

「当然じゃん。むしろどこが変わったってのさ」

「体つき」

「……えっち」



 自分の体を隠すように丸まった。しまった、さすがに今のは踏み込みすぎたか……?



「か、体に関しては仕方ないだろ。お互いに成長期なんだしさ」

「……ま、そうだね。まさか京水がこんなにでっかくなってるとは思わなかったよ」



 それはマジのガチで俺のセリフな?

 つい今朝まで、こいつのこと男だと思ってたんだから……想像の斜め上の成長に、まだ脳がバグってんだから。



「じゃ、何して遊ぶ? かくれんぼ?」

「この歳になってかくれんぼはないだろ。普通にゲームとかないのか?」

「あ~、まだこっちに来てからゲームは買ってないんだよね。今度の休みにでも買いに行こうかと思ってて……そうだ!」



 奏多は飛び上がると、当時と同じキラキラの目を輝かせて、ずいっと近付いてきた。



「京水、次の土曜日ひまっ? ひまなら、遊びに行こ!」

「え? まあ、暇だけど……」

「決まり! ぼくね、日本で行きたいお店たくさんあるんだぁ。例えばねっ」



 どこからか、タブレットを取り出して日本の店をいろいろと検索かける。

 あれを見たい。これを食べたい。どこに行きたい。

 少年のような天真爛漫さで、俺の肩に頭を乗せてきた。

 マジで近い。近すぎる。いい匂いだし、この角度は俺の視線がダイレクトに吸い込まれちゃう。



「ねえ京水、聞いてる?」

「……え? あ、ああ、うん。聞いてる聞いてる。あれだろ? 上野公園で三点倒立したいって話だろ?」

「誰も言ってないけど!?」



 ジト目で睨まれてしまった。いや、ホントすまんて。



「も~……まあいいや。それじゃ、土曜日は絶対空けておいてよっ。絶対の絶対ね!」

「ああ、わかってるって」

「いえーい! ちょー楽しみ!」



 八年ぶりの日本がよほど嬉しいらしい。異様なはしゃぎっぷりだ。

 つっても、奏多が引っ越したのは小学2年生の頃。当時だって、日本のことはほとんど知らないまま引っ越したんだもんな……実質、初めての日本観光ってことか。なんだか、俺まで楽しみになってきた。


 ぴょんぴょんと跳ね回る奏多を見て、思わず笑みを浮かべるのだった。


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