第2話 成長した『男友達』

 ひとしりき笑いあった俺たちは、ベンチに並んで座り、空を見上げていた。

 まさかこの歳になって、ここまで本気で水遊びをするとは思わなかったなぁ。


 奏多は濡れたブレザーを脱ぎ、髪の毛をタオルで拭きながら、ムスッとした顔で睨んできた。いや、睨むというより、ジト目って感じだけど。

 なんつーか……昔の面影がありつつ、普通に可愛いな。

 ちょっとドキッとしたのは内緒だ。



「まったく。ぼくを置いて帰るとか、薄情じゃないか、京水」

「わ、悪かったって。あんな状況の奏多に声をかけるのは、無理だって思ってさ」

「……ま、確かにね。あれはぼくも驚いたよ」



 あはは~、と昔と同じ笑顔を見せる奏多。

 やっぱり変わらないな、こいつは。

 ……あ、嘘。やっぱり変わった。特に体つき。

 胸はロケットみたいに張り出してるのに、腹回りは細い。けど腰つきは健康的で……改めて見ると、なんつー体してんだ。濡れてるせいで、水色のブラジャーが透けてるし。


 ……って、普通に話してるけど、改めて言わせてくれ。



「お前……女だったの!?」

「気付いてなかったの!?」



 俺が知らなかったことを知らなっかったのか、ぎょっとした顔をされた。



「だ、だって、あの時のお前、男っぽかっただろ……! 服装とか、言動とか」

「あー……確かにそうだったね。たはは……でも男だと思われてるなんて、思わなかったよ」



 げしげし。おいコラ、ローファーで蹴るな。汚れるだろ。



「ま、ぼくらの間に男とか女とか、関係ないじゃん? また昔みたいに遊ぼう! ぼくね、京水に会えるの、すっごく楽しみにしてたんだ!」



 目を爛々と輝かせ、前屈みになるように顔を近づけてくる。

 いや顔だけじゃない。体も傾き、そのせいで大きなものがぶつかりそうでぶつからなさそうで……って、マジで近いって!



「わ、わかった。わかったから落ち着け」

「む。何さ、そんなに澄ましちゃって……あ」



 え、何?

 奏多は何を思ったのか、急にしゅんとしてしまった。ど、どうした、いきなり?



「もしかして……また会いたいって思ってたの、ぼくだけ……かな……? たはは。もしそうだったら、ぼくったらなんて勘違いを……」

「…………」



 ったく、こいつは……。

 俺は奏多の頭に手を置くと……髪の毛をボサボサにする勢いで、思い切り撫でた。



「わわわわっ! な、なにすんだ!」

「お前が心配そうなかおをしてっからな。……安心しろよ。俺だって、いつかまたお前と遊びたいって思ってたんだからさ」

「……ほんとに?」

「ああ、本当だ」

「…………!!」



 太陽のような満面の笑みを見せた奏多は、跳ねるように立ち上がってベンチの上に仁王立ちした。



「うんうんっ、そーだよそーだよ! 京水はそーいうやつだったね! たははっ、いやー心配して損した!」

「俺たちの仲だろ。そんな心配、野暮ってもんだ」

「だね! んーすっきり!」



 余程不安だったらしい。反動でリアクションがオーバーだ。

 こういうところも、昔と変わらないな。


 奏多はベンチから飛び降り、ブレザーとかばんを手に取ると、こっちを振り向いた。



「そんじゃ、行こっか」

「どこに。こんなに濡れてちゃ、どこ行っても迷惑だろ」



 少しずつ夏に近づいてるとは言え、濡れてるから結構寒い。さすがに着替えたいんだけど。

 けど奏多には宛があるらしい。いったい、どこに行くつもりだ?






「今のぼくん家だよ。服、乾かそ?」






 特大の爆弾を投下しやがった。

 中身は奏多だが、見た目は超高校級美少女だ。ここが学校だったら、周りからフルボッコ間違いなしの超大型爆弾。

 いやいや、待て落ち着け。聞き間違いか? そうだ、聞き間違いかもしれない。



「……すまん、なんだって?」

「だから、ぼくの家」



 全然聞き間違いじゃなかった。



「なっ、なんで……!」

「今住んでる場所、前と違うからさ。新しい家、知っといた方がいいじゃん?」

「そ、そりゃそう、だけど……」

「あーもう。うだうだ言ってないで、さっさと来る!」



 奏多が俺の手を取り、引っ張っていく。

 あーそうだ。昔からこうだった。1度決めたことは曲げない頑固者。

 普段は俺の後ろを着いてくるだけなのに、こういう時に限っては引っ張りたがるんだから……はぁ。こうなったら、ついて行くしかないか。


 ……でも手は離してほしい。童貞の俺には、いろいろと来るものがあるから。



   ◆◆◆



「ほい。到着ー」

「あ、ここ……」



 結局、ずっと手を繋ぎっぱなしでここまで来てしまった。

 よかった、学校の奴にこの場面を見られないで。


 俺たちが見つめる先は、この辺で1番大きい一軒家。洋風木造建築で、お屋敷のようにも見える。

 懐かしいなぁ。昔から人は住んでなかったから、よく探検に来てたっけ。


 奏多が家の鍵を開けて、中に入る。

 まだ引っ越してきて間もないだろうに、オシャレな小物や置物が置かれているが……意外とものが少ないな。

 おじさんとおばさんと、3人で暮らすには設備が整ってないというか。



「なあ、ここ本当に家族で生活するのか?」

「ゆくゆくはね」

「……ゆくゆくは?」



 なんだ、その含みのある言い方は。

 なんて思っていると、すぐに理由を説明してくれた。



「パパとママ、仕事の都合で来年までアメリカなんだ。だから今は、一人暮らし中ってわけ」

「へぇ、なるほど」



 …………。

 ん? 一人暮らし? それって……今俺、奏多と2人きりなの!?


 動揺。圧倒的、動揺。

 心臓が痛いくらい早鐘を打つ。


 奏多からしてみれば、俺との距離感は昔のまま……『男友達』的な距離感なのだろう。

 俺も再会するまでは、奏多のことを『男友達』と思っていた。

 が……今は違う。

 こんな魅力的な女の子と2人きり、とか……成長した俺には、刺激が強すぎる……!



「京水、どしたん? 早く上がりな?」

「……お、お邪魔します……」

「たははっ。そんなかしこまらなくてもいいよ。ぼくと京水の仲なんだし、自分の家みたいにくつろいでよ」



 で き る か!?


 ────────────────────


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