日記

1kの部屋の隅、ベッドの上で独り壁によりかかり泣いていた。涙が頬からこぼれ落ち、傷だらけの腕をつたり君の日記にダイブした。私の悲しみとそれに伴う自分に対しての怒りが染み込み広がっていく。


君が触れた紙、君が持ったペン、君が書いた字。

この世にある君に関するものは今日、すべて絶滅危惧的状況であるだろう。おそらく価値も高騰している。1ヶ月前まではそうでなかった物も。


「宮沢賢治は生前には5円しか執筆業で稼げてなかったんだって。」誰もいない部屋でいるはずの君に向かって喋りかける。

本が好きだった君は物知りで頭がよく、人望も厚い完璧人間だった。

私は私に見合わないような君を『運命』とか『世界に一人』とか存在するかも危ういような言葉たちで自分とつなぎ合わせた。

君の唯一の欠点としたら、救いようのないこんな私を救い出したことだろう。


君が隣で生きているだけで良かった私は、君にたくさんの嘘をついた。二人で出かけたのは、

図書館や聞いたことのない人の記念館。家では本を読んで互いに感想を言い合った。

優しい君は私の幸せを考えてくれる人で、デートをする度にどこに行きたいか私に尋ねてくた。


その都度私は嘘を重ねた。ほんとは水族館に行きたいし、家では映画を見たいけど、そんなの

どうだっていいほどに君に幸せでいてほしかったから。けど、そうして嘘を付き続けた私は罰を受けた。


いや、正確には罰を受けそこねた。


君と歩いていたあの日、横断歩道を挟んだ向こう側、本が並ぶカフェを見つけた私は、君が喜ぶだろうと思い、駆け出した。

その時、沢山の人から求められた君は、君からしか求められない私を庇い、私の今までと

これからの希望とともに彼の世へ旅立った。君が私に残してくれたものは、まだ付き合い始めて

1ヶ月のとき私がプレゼントした日記だった。日記の中には私の嘘で汚れた、君の幸せな思い出が事細かに記されていた。


君のあるはずだった明日を、これからを、君の幸せを私は奪った。今日で私の『君がいる幸せ』が終わってちょうど1ヶ月。


私はキッチンに行き、コンロのつまみに触れる。2回の空振りの後に火がついた。君の思い出に

私の感情をトッピングした日記が、どろどろとチョコレートのように溶けていく。

向こうでは君と素直に話したいから。「今までありがとう、これからもよろしくね。」


そして傲慢な私は君がくれた命を世界一雑に扱った。


部屋は一酸化炭素と君の匂いで充満していた。

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短編集 @minaduki_

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