第6話 後の祭り

あの講演会から一週間が経ち、相変わらず木下は、ミスを繰り返しながら毎日を過ごしている。


どうしたものかと思いながら、麻は給湯室でコーヒーを淹れていた。


「あっ課長、お疲れ様です。」

「あぁ、お疲れ様。野島くん、今日体調不良で遅れるって言ってたでしょ。多分このまま、長期休みになるかもしれない。」

「え?なんでですか?」

「どうも、ただの体調不良じゃないみたいでね。前にも鬱っぽい事話していたのを聞いてたから、一度精神科でも見てもらってね。と伝えたんだよ。」

「そうだったんですか…」

こういう時は課長の優しさがいきる。


「それでね、そうなると木下くんの指導を君にお願いしなくちゃいけないと思うんだ。」

「…そうかなと思っていました。」


麻は気が重かった。野島の休職が決定した訳でもないが、今から胸の奥がつかえる感じがした。



その後、野島は休職し、木下の指導係は麻が兼任することになった。


「木下さん、これ前に言いましたよね。」

「木下さん、そういう事は分かったらすぐに私に伝えて下さい。」

毎日毎日、注意することも嫌なのだ。そして、あからさま嫌な顔をして言い訳?をする木下も徐々に麻に対して反抗的な態度になって来ていた。


このままではいけない、そう思った麻は今までやったことのないアプローチを考えた。


「木下さん、今日ランチ、私が奢るから。一緒に食べに行きませんか?」


木下はまさか、という顔をしたが、一瞬でニコーと笑った。

「はい!行きます!」


なんなんだ、こいつは?麻は心の中で頭を抱えていた。


その前日の夜。

善くんとのティータイムでこんな話題が出た。


「結局コロナで、飲み会とか無くなったじゃない。僕は飲み会とか大嫌いだから今のままで良いやって思うけどね。でも結局人との距離を詰めれるのって雑談だと思うんだ。」

「ふーん。確かにね。」

「例えば、お茶に行って、ちょっと一息ついた所で話す会話と、人がごちゃごちゃいる中で、早口で話される言葉と、どっちがその人を知れるかってこと。」


そんな事を、善くんが言っていたもんだから、麻は木下を誘ってランチをする。なんて事をしようと思ったのだ。


市役所の近くの洋食屋に着いた。ここは周りより少し高めだから、職場の人達は少なく、ゆったりできる。


「私、日替わりランチで、木下さんなんでも選んで良いからね。遠慮しないで。」

「じゃあ、私ピラフ、グリンピース入ってますか?あとにんじんもダメなんです。」


"大丈夫です。では日替わりとピラフ、グリンピースとにんじん抜きですね"

店員はそつなく厨房へ入って行った。


「グリンピースとにんじんが苦手なの?」

「そうなんです。食感と味がどうしてもダメで食べられません。」

「そうなのね、私はあさりが苦手なのよ。木下さん、職場はどう?」


木下はその言葉に少し緊張したようだったが、雰囲気のせいかいつもより柔らかく話してくれた。


「私、いつも怒られてますよね。ミスが多いのは自分でも分かっているんです。」

「でも自分でも何が起きてるのか分からなくて、仕事が多すぎるっていうか、でも頑張ってるんです。」

「自分が怖いです。またミスするんじゃないかって、そしたらまた怒られる。毎日怖いんです。」

そこからは涙目で同じような言葉を繰り返していた。

その後、グリンピースとにんじん抜きのピラフが来たら、泣きながらパクパクと食べていた。

麻はだんだん木下が気の毒になり、かける言葉が見つからなかった。

食べ終わった後、木下にハンカチを手渡し、一緒に職場へ戻った。


午後、麻はパソコンに打ち込みながら先ほどのことを考えていた。


一生懸命に木下に向き合ったが、上手くいかず、自分を責めてしまった野島のこと。そして

頑張っているが、ミスをしてしまうそして、毎日注意される木下のこと。

全て後の祭りだが、麻はどうしても考えずにはいられなかった。

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