昨夜のアレ
澄岡京樹
「昨夜のアレ」
突発ワンドロバトル
お題:『失われた記憶』
「昨夜、なんかあったんだが思い出せない」
「俺もさぁ、なんかゾワゾワするんだよねー」
「それは風邪じゃないか?」
「いやいやそういうのじゃなくて、なんか俺も忘れててさぁ。その感覚が気色悪くてゾワゾワするんだよ」
「ああ、そういうのもあるな。俺のも近いかもしれん」
男二人が夜の街で言葉を交わしているのだが、お互いに昨夜の何かしらをド忘れしてしまいモゾモゾとした不快感のような喪失感のようなものを抱いていた。
「貴様のそれはなんとなくわかるが、なら俺のそれは一体なんなのだろうな。確かに昨夜までは持ち合わせていたのだが、今は不思議と高揚感と一抹の喪失感しかない」
「なんだそりゃ。失恋でもしたん?」
「たわけが。俺がそんな恋愛軟弱マンに見えたか?」
「いや知らんし。お前がモテるかどうかなんて興味ない」
「やたら悪態つくな貴様。さては何か俺に嫌なことでもされたな?」
男の問いにもう一人の男——いやややこしいな、でもどっちも見た目青年だしな、まあ前者をA、後者をBとでもしておこう。
とにかく、Aが「俺のこと嫌い?」と訊いたのでBは「よく思い出せないけど嫌いっぽい」と答えた。
「嫌いか。そうか。まあそうなのだろうな。なぜか貴様を見ていると『そうなんだろうな』と思えてくる不思議だな」
「フシ〇ダネ?」
「いや、『不思議だな。』……貴様わりとご機嫌じゃないか?」
Aの問いに「そうなんだよ。逆に清々しさまであるんだよな今。なんかお前が結構ストレートな感情ぶつけてきたような覚えがある気がしてきた」などとBは言ったのだが、その時少しだけ痛みを感じているようだった。
「なんだ? 腹でも下したか?」
「うーんどうだろう。でもなんか腹部の何かな気はしてきたな。うっすら昨夜の何かを思い出しかけてんだけど、思い出そうとすればするほどお腹痛くなってくる」
「それはストレスじゃないか?」
「いやそれはむしろお前じゃない? 眉間の皺とかそれストレス起因なんじゃないの?」
などと言われたAは、——となると、今の充足感を鑑みるに、俺は昨夜なんらかのストレス要因を排除したのだろうか——と
「謎は深まるばかりだな。俺は一体なんのストレスを排除したのだろうか」
腕を組みウンウン唸る男A。Bはそれを見ながら「いや、ストレスって色々あんじゃん。人間関係にも色々あるみたいにさ、ストレスっつっても一枚岩ではないんじゃない?」
良いこと言うなコイツとAは思ったので、少し笑みを浮かべた。するとBがものすごい顔をした。具体的に言うと苦虫を間違えてパクパクした時みたいな顔をした。どんな時だよ。
「どうした。いよいよ本格的に下痢か?」
「いや、違うなこれ。お前の笑顔を見たら記憶と痛みがまた戻ってきたタタタタタ痛い!」
「それだいぶチクチク言葉じゃないか?」
Aは普通にショックだった。
「あーでもなんだろうなこれ、腹痛いんだけどなんかスースーするって言うか。なんだろこれ」
Bは妙に水気を吸って重たそうな服の上からお腹をさすっていた。
Aはその姿に謎の既視感を抱いたので、
「とりあえず服を捲ってみたらどうだ?」
と言った。
「カードゲームの後攻ぐらい捲ればいいか?」
「俺の盤面をひっくり返すぐらいの勢いで捲ってみろ。防いでやるがな」
「そんじゃ遠慮なく——っと」
Bは服を捲り、そして腹部が露わになった。
——その時、AとB、双方が昨夜のアレの輪郭を取り戻していく。
痛みの正体、謎の充足感と喪失感、その正体が克明になっていく——。
そして、昨夜のアレを二人は思い出した。
「思い出したぞ、昨夜貴様に放った殺意を」
「俺も腹部をバッサリやられたの思い出した」
鮮血と共に、昨夜のアレを巡る問答は終わった。
「昨夜のアレ」、了。
昨夜のアレ 澄岡京樹 @TapiokanotC
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