第11話:国津神は笑う・後
――男は、
その瞬間、男を阻むように、彼の四方八方からいくつもの式神が飛来する。それは鳥のような形のものもあれば、犬のようなものや虫のようなものもあった。
祈祷課の加茂だ。
「……へえ、そう来るか」
だがそれでも、男は動かず、それどころが不敵に笑っていた。
「誰に何をしているか、よく考えるべきだぜ」
男がそう言うと同時、式神の群れはその全てが弾け飛び、紙片が辺りに散らばった。
一方、戒は式神の飛来と同時に抜刀して走り出し、地面に突き立っている水晶の刃を避けるために回り込んでいた。
無言のまま、戒が軍刀を振るう。狙いは銃を持つ男の右腕だ。
ガキン、と金属音が響く。
「……お前、哀れだぞ。自分でもそう思わないのか?」
男は涼しい顔のままだった。その左手にはいつの間にか逆手でアーミーナイフが握られており、それで軍刀を受け止めていた。
「思っているとも」
短く答え、戒は軍刀から右手を離した。彼には、もう一振りの白木の刀がある。
無理な体勢からは考えられないほどの速さの居合が男を襲う。しかし、男はすんでのところで飛び退る。が、戒の攻め手は緩まず、今度は左手の軍刀を男へ向けて投げ撃った。
「は、冗談だろ!」
それは戒の返答に対してか、それとも常軌を逸した戦闘術に対してか。
だが口では言いつつも、男は咄嗟に銃で軍刀を弾く。左手のナイフではなかったのは、利き手が先に動いてしまった故か。どちらにせよ、こちらも常軌を逸した動体視力だ。しかしその代償に、彼の手からは拳銃が弾き飛ばされた。
戒は即座に間合いを詰め、男の首元へ、水晶と白木の刀を突き付けた。
だが、男は不敵な笑みを浮かべたままだ。
「恋人のお下がり振り回して楽しいか?」
「返す。人の心を無暗に暴いて何が楽しい。ナイフを捨てろ」
「お断りだ……ぜ!」
男がアーミーナイフを振りかぶる。その瞬間、戒は男の喉を切り裂いた――はずだった。しかし男の姿はなく、首と身体を切り離された、人型の紙片が宙を舞っていた。
「戒さん!」
紙片に気を取られるのも束の間、
いつの間にか、あの男が後ろに回っていたのだ。
「避けるのかよ、冗談は一度までにしとくべきだぜ!」
戒が再度刀を振るうが、男は軽口を叩きながらナイフで受け続ける。
何合目か、戒の一際大きな振りの一文字斬りを、男が飛び退って避ける。それは戒にとっては絶好の隙だった。
白木の鞘を剣帯から外し即座に納刀、縮地のような速さで男の懐へ飛び込む。
――――。
不可視にして無音の斬撃。戒の踏み込みから半呼吸分ずらして放たれたそれを、男は見切れずに深々と身を斬られた、はずだった。
しかし、やはりそこに男の姿はなく、代わりとばかりに人型の紙片が真っ二つに切られたものが宙にあるだけだった。
「……お前本当に人間かよ。止めだ止め」
声のする方を向くと、男はいつの間にか道路におり、弾き飛ばされた拳銃を拾い上げていた。だがその後、男は銃もナイフも仕舞い、両手を挙げた。
「参ったよ。こっちから吹っ掛けておいて何だが、そっちも剣を納めてくれないか?」
突拍子もないその言葉に、戒は警戒は解かず、だが水晶の刀は鞘に納め、紫月の前へと戻る。彼女は完全に足が竦んでしまっていた。
「どういうつもりだ?」
「合理的な判断をしただけだよ。俺は死にたくないし、お前を殺したいわけでもない。言っただろ? 俺はお前らを味方に付けたいんだ。力づくでもな」
男は溜息を吐く。
「が、力ずくどうやらは無理そうだ、ってだけだ」
とその時、山の合間を縫ってパトカーのサイレンが遠く聞こえ始めた。
実動祭祀部はその活動内容上、警視庁や各県警とのホットラインがある。特に
「オイオイ、いつの間に呼んだんだよ。油断も隙もねえ」
笑いつつ男が言う。
「ここまでだな。トンズラさせてもらうぜ。あ、追ってくるなよ。撃つからな」
「……待て。最後に教えろ」
戒は
「あー、名前か? 淡島だ。
「
冗談めかした発言を無視して戒が詰問すると、淡島と名乗った男は再び笑った。
「……
彼の言葉に、戒は表情を険しくする。
訊いた自分が馬鹿だった。この男が余計なことしか言わないのは、先の会話でもそうだったはずだ。それに加えてこの男は、とよの正体まで把握している。
「あいつから聞けよ。俺が話すのは筋違いだ。今度こそ、じゃあな」
言って、淡島は踵を返すと、悠々とした足取りで去っていく。かと思うと、突然路肩の茂みに飛び込み、姿を消してしまった。
しばらくはガサガサと茂みを掻き分ける音がしていたが、それもすぐに止んだ。
戒を含め、その場にいた人間に彼を追う気力など残っている者はいなかった。
「紫月、怪我は」
「……だ、大丈夫です」
戒が振り返ると、紫月は
誰も怪我はしなかったとはいえ、ついさっきまで繰り広げられていたのは紛れもなく殺し合いだったのだ。結果として、また酷く怖い思いをさせてしまった。
「落ち着いたら合一を解くんだ。いつまでもその状態では疲れる」
「はい……」
気休めにしかならないことは分かりつつ、戒はジャケットを脱いで紫月の肩に掛ける。
「何なんだよ、あのバケモンは……」
一方、余裕そうなのは祈祷課の加茂だった。彼は地面に散らばった紙片を眺めている。
「加茂さん、式は」
「ん、ああ。式はどうということはない。
彼は、地面から紙片を摘まみ上げる。真っ二つに切れている人型の紙だ。
戒が淡島を斬った際、淡島の代わりにその場にあったあの紙だ。
「形代だよなコレ」
この形代は、淡島が致命傷を負ったはずのタイミングで、彼がいた場所で切られ、宙を舞っていた。淡島の代替として、この紙片が戒に斬られたかのように。
だが実際問題、いかに呪術の道具とはいえそんな魔法のような使い方はできないはずだ。
「漫画やアニメの忍者じゃあるまいし、どうなってんだ、全く」
加茂は、手にした紙片を睨む。
「それにな、俺が見る限り、こりゃただの紙だ」
「咒については知識がないのですが、呪法が終わったからでは」
「それにしたって、見ろよ。ただの白紙なんだ。人型に切りぬいただけで本人の形代になるなんて、イカサマも良いところだ」
戒は、地面に散らばっている式神の依代の残骸へ目を向ける。加茂が自作しているらしいそれには、今となっては読み取れるわけもないが、確かに、何か文字が書いてあるようだ。
「あれがただの人間だったら、祈祷課は全員解雇だな。神様にしかできないぜこんなこと」
「咒の神、ですか。あまりイメージがつかないのですが」
すると加茂は笑った。
「あいつ、
流石に、そこまで言われれば戒も分かる。
しかし、戒が答えるよりも早く、彼の背後で物音がした。
「紫月?」
振り返ると、合一の解けた紫月が倒れていた。
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