21 そしてトゥルーエンドへ
◆21◆
「あ~~……疲れたわ!」
馬車を降りて、ちょっとふらつきそうになりながらも、うんと伸びをする。
「お身体は大丈夫ですかエヴァノーラ様? お熱はありませんか?」
「ええ、ちょっと疲れて怠いけど、熱はそれほどないから大丈夫よミリエッタ」
心配そうなミリエッタに身体を支えられながら、改めて屋敷を見上げる。
「さすが王家の保養地として使われていただけあるわね。大きさもそうだけど、上品で美しい佇まいだわ」
「ええ、本当に。ですが、エヴァノーラ様が作った王家への貸しを考えれば、このくらい当然です」
「ふふ、そうね。だから遠慮なく伸び伸びと使わせて貰いましょう」
「はい♪」
ミリエッタに手を取られて支えられながら、屋敷へと入る。
よく教育が行き届いた使用人達が整列して迎えてくれて、これから私は、この屋敷の女主人として、生涯ひっそりと過ごすことになる。
社交界に未練がないと言えば嘘になるけど……。
これが私の選んだ道なんだから、これでいい。
「いい景色ね、遠くに川が見えるわ」
「行くのは、お熱が完全に下がってからにしましょうね。今は平気でも、多分今夜からまたお熱が上がると思いますから」
「分かっているわよ。だって慌てなくても、これから時間はたっぷりあるんだから」
二階の寝室へと上がって窓から見た景色は、木々も草も、新緑で生命力に溢れていて美しく、まるで
ここで残りの人生をのんびり過ごすのも悪くないわね。
だって、これまで王妃になるためだけに全ての時間を費やしてきたんだから。
「さあエヴァノーラ様、まずは少し横になって旅の疲れを癒してください」
有無を言わさず、私をベッドに座らせるミリエッタ。
侍女でもないのに、本当に甲斐甲斐しく世話を焼いてくれる。
結局、この屋敷へとやってきたのは、私とミリエッタの二人だけ。
私の侍女のナタリーはファルテイン公爵家の使用人だから、隠棲する私への同行は断った。
すごく来たがってくれたんだけど……。
だって私に付いてきて一緒に隠棲してしまったら、まず間違いなくナタリーの結婚相手を見付けてあげられなくなるから。
すでに適齢期ギリギリだし、ナタリーだって子爵令嬢なんだから、ちゃんと結婚させてあげないとね。
だから、養女になるレアナをしっかりと支えてあげて欲しいと頼んだわ。
もちろん、私から王妃の座を奪い取り、私が隠棲する原因になった人物だから、すごく嫌がられたけど。
でも、この国のために、とても大事な事だから。
もう私は、貴族としてこの国のために出来る事はないから。
だから、なんとか説得して託したの。
それがこの国への、私の最後のご奉公ね。
ちなみにミリエッタも、自分の侍女達の同行を断ってしまった。
元々、王妃となった私の侍女として本気で雇われるつもりだったらしいから、自分の身の回りの世話は自分で全部出来るから問題ないって言って。
ミリエッタには、『本当に私に付いてきて良かったの?』とは聞かない。
最初から付いてくる気満々だったし、私も付いてきて欲しかったから。
それを決めたときの、アーガス伯爵とのやり取りを思い出す。
「アーガス伯爵、もうロズハルト様の……いえ、殿下の婚約者ではなくなった、王妃になれず隠棲するしかない私には、こんなことを頼む資格も権利ももはやないのだけど……ミリエッタを私に貰えないかしら?」
「は? ミリエッタを、ですか?」
「ええ。アーガス伯爵としては、もうミリエッタを私の親友としておく意味も価値もないと思うわ。それよりも、義妹になる、そしてゆくゆくは王妃となるレアナの親友とすべきだと分かっているの」
「それは……」
「でも、ね……私には、もう何もないの」
「……」
「王妃になるべく身に着けてきた学問も、礼儀作法も、病弱の身体に鞭打って覚えたダンスも……もう私にはなんの意味もない……私にはもう何も残っていない……」
「そ、そのようなことは、決して……」
「いいえ、もはや華やかな社交界に出ることも、誇り高い公爵令嬢として生きることも、結婚も、私には出来ない……本当に、何も残っていないの……」
「……」
「でもね、そう思った時、たった一つだけ残されたものがあると気付いたの」
「それは何か……と聞いてもよろしいでしょうか?」
「ええ。私にたった一つだけ残されたもの……それは
「そうでしたか……しかし、それは……」
「分かっているわ。ミリエッタにも、私と同じ道を歩ませてしまうって。でも、ミリエッタなら、まだ社交界に顔を出せるでしょう? 伯爵令嬢としての義務や責務、お付き合いを邪魔するつもりはないの。ただ、側に居て欲しいだけ。束縛するつもりはないわ」
「……」
「だから、ミリエッタを私に嫁がせたとでも思って、私の側に居させて貰えないかしら……私の最後のお願いよ」
「……ミリエッタは……どうなんだ?」
「わたしもエヴァノーラ様と一緒にいたいです。エヴァノーラ様が公爵令嬢だからだとか、殿下の婚約者だからだとか、そんなことは関係なく、エヴァノーラ様がエヴァノーラ様だからこそ、一緒にいたいです」
アーガス伯爵はかなり迷って葛藤したみたいだけど、私の哀れな令嬢の最後のお願いって泣き落としと、ミリエッタの頑として譲らない主張に、最後は折れてくれた。
「ぼうっとしてどうされましたか? お熱が上がってきてしまいましたか?」
ミリエッタの屈託のない笑顔と、甲斐甲斐しいお世話に、思わず笑みがこぼれてしまう。
私がミリエッタを私に縛り付けてしまった。
ミリエッタの人生を狂わせてしまった。
だったらもう開き直って、ミリエッタが後悔しないよう、私が幸せにしてあげるしかない。
「ねえ、ミリエッタ。こっちへ来て」
「はい、どうかしましたか?」
荷物の整理を始めているミリエッタを手招きして、目の前に立たせる。
「私……もう、いいわよね、ファルテイン公爵令嬢として肩肘張って生きなくたって。だってもう、私のファルテイン公爵令嬢としての人生は終わってしまったんだから」
「いいと思います。これまでずっと、文字通り命を賭けて、この国のために、王妃になるために、全てを犠牲にして努力し続けてきたんですから。それが叶わなかった今、もう全部忘れて、自由に生きても許されると思います」
「そうよね、ありがとうミリエッタ。もう公爵令嬢としてのしがらみも何もかも全部忘れて、ただのエヴァノーラとして生きてもいいわよね」
胸がすっと軽くなる。
肩から全ての重荷を降ろして、ようやく私が私らしく、自由に生きられる時間がやってきた。
座ったまま、うんと伸びをする。
「う~ん、これで私は自由……! これからは、言いたいことを言って、やりたいことをやって、セカンドライフを楽しむわ」
「エヴァノーラ様の幸せが第一なんですから、それでいいと思います。エヴァノーラ様が幸せだと、わたしも幸せですから。それに、前の笑顔も素敵でしたけど、肩の荷を降ろされた今の笑顔はもっと素敵です」
心からそう微笑んでくれるミリエッタに、胸の中が温かくなって、自然と笑みがこぼれた。
「じゃあ、早速、言いたいことを言って、やりたいことをやるわね」
「はい、なんでも言って下さい。わたしが叶えてみせます」
笑顔で力強く請ってくれたミリエッタを、力一杯抱き締める。
私がベッドに座っていて、ミリエッタが立っているから、丁度ミリエッタの胸の中に顔を埋める格好でだけど。
「もう、急にどうされたんですかエヴァノーラさ――」
「好き」
「――まあああああぁぁぁぁぁぁ!?」
ミリエッタが、ご令嬢らしくない、はしたない声を上げて固まってしまう。
「エ、エ、エヴァ、ヴァ、ヴァ――」
「ミリエッタ、大好き」
「――ヴァああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!?」
胸の谷間からミリエッタを見上げると、ご令嬢がしては駄目な顔で、耳まで真っ赤になってて、ちょっと笑ってしまいそう。
もっとも、かく言う私も、顔がすごく熱いから、負けず劣らず耳まで真っ赤になっていそうだけど。
「す、す、好きっ、好きって、だ、だだ、大好きって……!?」
「私の、一世一代の、愛の告白よ?」
「あっ、あっ、愛ぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃっ!?」
そう、愛の告白。
ミリエッタが好き。
大好き。
ただの親友なんかじゃない。
女の子同士だけど……前世でも今世でもノンケだけど……好きになっちゃったんだからもう仕方ない。
「だ、だってエヴァノーラ様、そんな素振り、今まで一度も……」
「当然でしょう? だって私は殿下の婚約者だったのよ? そんな私が他に好きな人がいるって、しかもそれが親友で女の子のミリエッタだなんて、言えるわけがないじゃない。私とミリエッタだけじゃない、ファルテイン公爵家とアーガス伯爵家と王家を巻き込んだ、一大スキャンダルになってしまうわ」
「そ、それはそうですけど!」
「だから徹底的に気持ちを隠し続けて、公爵令嬢として振る舞っていたのよ」
「で、ではもしあのまま殿下とご結婚なさって王妃になっていたら……」
「もちろん、本当の気持ちは一生隠し続けていたわよ」
「て……徹底的に隠しすぎです!」
「ふふふ、そんなに驚いてくれるなんて、サプライズ大成功ね♪」
「『サプライズ大成功ね♪』ではありませんよ……」
ヘナヘナと床にへたり込んでしまうミリエッタの手を握る。
「考えてもみて? この私が、寝ている隙に額にキスしてきたり、私の汗で汚れた寝間着や下着を抱き締めて匂いを嗅いで喜んだり、膝枕して私の髪を撫でながらだらしなくニヤニヤしたり、私の食べ残しを私の使っていたスプーンやフォークを
「き、き、き、気付いて……!?」
「当然、気付いていたわよ」
真っ赤になってあわあわしているけど、今更よ。
そんなミリエッタの手を、額に押し当てて目を閉じる。
「でも、いつも側に居てくれた。苦しいときも、辛いときも、寝込んだときも、何より、嬉しいときも、楽しいときも。ずっとずっと、一番側に居てくれた」
「エヴァノーラ様……」
「楽しい時間も、辛い時間も、かけがえのない時間を一緒に過ごして、分け合って、誰よりも私のために泣いてくれる……そんな人を好きにならずにいられると思う?」
「エヴァノーラ様……!」
目を開いて顔を上げると、ミリエッタの顔が真っ赤に染まって、手が震えていた。
そして声も震えて、裏返る。
「わ、わたしもエヴァノーラ様が大好きです! 幼い頃から、ずっとずっとお慕いしていました!」
「うん、ありがとう♪」
「やっと……やっと言えました……!」
「うん♪」
ああもう、ミリエッタったら感極まって目を潤ませちゃって、可愛いったらないわ。
「で、でも……本当にいいのでしょうか……女の子同士で……」
「いいのよ、ここでなら」
「ここでなら?」
「だってそうでしょう。王家には、私に返せないほどの借りがあるのよ? どうせ私はもう二度と社交界には出られない。もはや結婚相手が現れることもない。貴族の令嬢として死んだも同然の世捨て人。たとえ使用人達が気付いても、たとえ王家に報告しても、誰も私を咎められないわ。もしそんな私を責めて咎めるのなら、じゃあこんな境遇にした責任をどう取ってくれるのって、反撃されるのは目に見えているでしょう? 下手をすれば、今度こそ本当にファルテイン公爵家と王家の間で戦争よ? だから、見なかった振りをするのがお互いにとって一番だって、考えなくても分かるもの」
「それは、そうかも知れませんが………………エヴァノーラ様まさか!?」
「ふふ、計画通りよ」
「これまでの全てはこの時のため……それを見越して、あの平民を……!」
「そういうことよ♪」
正直、賭けだった。
本当に、命懸けだった。
レアナが他の
殿下とレアナが上手くいかなかったら?
レアナが私に打ちのめされて殿下を諦めたら?
レアナが王妃のなんたるかを知って逃げ出したら?
いくら『くる虹』と同じ設定、容姿、性格だったとしても、ここは現実。
不確定要素がいっぱいあって、必ずしも計画通りに進むとは限らない。
私が他の
まさに命懸けの綱渡りのようなものだった。
でも、私は賭に勝った。
貴族として、公爵令嬢として、それら公人としての立場で最善の方策を模索して、殿下とこの国のために、私以上の王妃が生まれる土壌を作り上げた。私が死なずに済んだのは、そのおまけみたいな物。
でも、ただのエヴァノーラとして、私人としては、死なずに済む方策を、そして本当に好きになった人と結ばれる方策を模索して、状況を整えた。レアナが王妃になるのは、そのおまけみたいな物。
見事に公人、私人、両方の立場の要求を両立させられたと言うわけね。
そして私は生き長らえて、この秘めた想いを成就することが出来た。
アーガス伯爵にも『私に嫁がせたとでも思って』と言質を取ったし。
私にダダ甘のお父様は問題にもならない。
だって、今回のことで輪をかけてダダ甘になって、上目遣いをしながら甘えた声でおねだりすればなんでも一発なんだから。
「ふふふ、私の
「もう、エヴァノーラ様ったら、大胆にも程がありますよ」
勝ち誇って笑うと、ミリエッタが困ったような、呆れたような、でも嬉しそうな、そんな複雑な顔で笑う。
もう私を縛る物は何もない。
本当の私として生きていける場所を手に入れた。
全ては今、この時のため。
指を絡めるように手を握ると、ミリエッタも指を絡めて握り締めてくれた。
見つめ合い、微笑み合う。
「ミリエッタ、大好きよ」
「わたしも大好きです、エヴァノーラ様」
そして私達は初めてのキスをした。
病弱悪役令嬢は全力でヒロインと実利ある対立をしてトゥルーエンドを目指す 浦和篤樹 @atuki1419
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