20 悪役令嬢に並び立ち越えた先にある示された範

◆20◆



 あれから、私も、ロズハルト様も、レアナも、普通に学園に通い続けている。


 私とロズハルト様は卒業目前なことから、余計な波風を立てないように、私達の婚約解消はしばらく伏せられて、卒業と同時に発表されることになった。


 ロズハルト様とレアナの婚約についても、当分の間は伏せられることになる。

 婚約解消してすぐ別の女と婚約だなんて、ロズハルト様も王家も、ちょっと外聞が悪いから。

 慣例からすると、半年から一年は間をおくことになるでしょうね。


 そしてレアナの妊娠も、当然、箝口令が敷かれている。


 レアナのお妃教育はとてもじゃないけど間に合わないから、二人の結婚や子供を果たしてどうするのか。

 そこまで詳しい話は聞いていない。


 お父様はレアナを養女にする関係上、ちゃんと聞いているとは思うけど、お父様も王家も、誰も私に気を遣って教えてくれないから。


 私も当事者の一人として気にならないと言えば嘘になるけど……わざわざ尋ねようとも思わない。

 私が口を出すような問題じゃないって言うのもあるけど、どうせ社交界からいなくなる私が知ったところで意味がないものね。


 だから私は素知らぬ顔で、婚約者の振りを続けている。

 一応、卒業まではロズハルト様の婚約者のままだから。


 ただ、ロズハルト様は相変わらず迂闊で脇が甘いし、レアナはまだ貴族社会とご令嬢達の怖さを身に染みて理解していないから、そこかしこで以前に比べてより親密さを増した二人の逢瀬が目撃されている。


 おかげで私は、より一層の嘲笑と同情の視線を向けられる毎日を過ごす羽目になってしまった。


 卒業して婚約解消が発表されたら、社交界はさぞや騒がしいことになって、しばらく話題に事欠かないでしょうね。

 私を目の敵にしていたご令嬢達の勝ち誇ってさえずる様子が、今から目に浮かぶわ。


 そういった諸々も含めて、今回の一連のお詫びとして、私には、王家が所有する自然が多くて過ごしやすい保養地とその屋敷を、これまで管理していた使用人と生涯の生活費も含めて、下賜かしされることになった。


 王都からそこそこ遠い地だから、これから起きる予定の王都および王城での喧騒や好奇の視線、口さがない噂話と距離を置けるだろう、という配慮も含まれているみたい。


 つまり、私は社交界から姿を消した後、その遠い保養地の屋敷で、ひっそりと余生を過ごすことになる。


 まさかたった十七歳にして人生リタイアで、人々から忘れ去られてセカンドライフを送ることになるなんてね。

 死ぬよりマシだからって自分で選んだ道だから、誰に文句を言うつもりもないけど。



 そんな日々を過ごし、二学期の終業式が終わった今日、私は呼び出しを受けて校舎裏の森庭へとやってきた。


「お呼び立てして済みませんファルテイン様」


 レアナが淑女らしくお辞儀をする。

 本格的に礼法を学び初めて日が浅いのに、なかなか堂に入ったお辞儀ね。

 さすがだわ。


「いいえ、構わないわ」


 レアナの前で足を止める。


 ミリエッタには先に寮へ帰って貰った。

 平民が公爵令嬢を呼び出すなんてって、すごく怒って文句を言いたそうだったけど。


 私一人をご指名だったと言うのもあるけど、私も誰にも邪魔されずに一度落ち着いてレアナと話がしたかったから。


 だから、久しぶりに悪役令嬢本気モードで対峙する。


「私もあなたに少し言いたいことがあったのよ」


 さすがに恐縮していた風のレアナが、むっとした顔で身構えた。


「あたし、謝りませんから」


 挑むように睨み付けてきたレアナに、悪役令嬢エヴァノーラっぽく笑みを浮かべる。


「別にあなたに謝って欲しくて応じたわけではありませんから、構いませんよ」

「っ……あたし達は愛し合っているんです、愛のないあなたとの結婚なんて、あたしは絶対に認められません」


 レアナは愛おしそうに自分のお腹に触れる。


「だから、ロズハルト様との子を身籠もったと?」

「っ!? 知っていたんですか……」


 話というのは、そのことだったみたいね。


「あたし、ロズハルト様と結婚して王妃になります。ロズハルト様も王様も、あたしのことを認めてくださいました」

「ええ、聞いているわ。今学期限りで、学院も中退なさるそうね」

「はい。王妃に相応しくなれるように、そのための勉強を本格的にするためです」


 誇らしげに、まったく……。


 自分が何を言っているのか分かっているの!?


 夢溢れる乙女ゲームのヒロインが、あろうことか『子供ができちゃったから学院を中退してできちゃった婚エンド』なんて生々しいエンディングを迎えるなんて、ファンが聞いたら泣くわよ!?


 ゲームのジャンルが変わっちゃうでしょう!?


 ふぅ……出来ちゃった以上は仕方ないけど。


 思えば、ロズハルト様ルートに入るよう、他の攻略対象イケメン達との出会いイベントを潰して好感度が上がらないように仕向けたせいかも知れないわね。

 単純計算すれば、ロズハルト様との好感度だけ、七倍速で上がっていったも同然なんだから。


 四月から八月までのおよそ五ヶ月で上がった好感度は、本来の三十五ヶ月分。

 つまり三年分ってわけだから、二年で学院を卒業して、結婚して、その一年後になるくらいまで好感度が上がっていたってことよね。


 そりゃあ、しちゃうわよね……子供が出来ちゃってもおかしくないわ。

 これもある意味、私が蒔いた種、とでも言うべきかしら。


 ……淑女としてはちょっと口に出来ない、はしたない冗談になってしまったわね。


 今学期限りでの中退も、お妃教育を急ぐ必要があること以上に、大きくなったお腹を見られては困るからって理由の方が大きいでしょうし。


「あなたは簡単に考えているようだけど、王妃の立場とは、そんな軽いものではありませんよ」

「分かっています」


 多分、全然分かっていないわね。

 頭で分かっていても、身に染みて理解するのはこれからよ。


「それに、あたしには心強い味方がいるんです」

「心強い味方?」

「はい、とってもすごいダンスの先生で、シェリー先生って言うんです」

「そう、シェリー先生ですか」

「はい。秋のダンスパーティーの日、あたしはファルテイン様のダンスを見て、すごくショックでした……あたしのダンスと、なんて違うんだろうって……こんなに綺麗で心奪われるダンスは見たことがないって……あたしじゃ敵わないって……」


 そう、思い知ってくれたのね、ロズハルト様のパートナーとして立つ意味の、その一端くらいは。


「会場を逃げ出して、一人当てもなく歩いてたら、シェリー先生が声をかけてくれたんです。『あなたも、彼女のように踊りたい?』って『あなたが本気で王子様の隣で踊れるようになりたいのなら、この手を取りなさい』って。あたし、一も二もなく、シェリー先生の手を取りました。それ以来、毎日のようにレッスンを受けているんです」

「そう」

「シェリー先生の指導は厳しいですけど、あたし、確実に以前よりずっと上手に踊れるようになっています。だから、いつか必ず、ファルテイン様以上に踊れるようになってみせます!」


 とても強い意志の光が宿る瞳ね。

 頭の中がピンク色に染まっていては、とても出来ない目だわ。


 でも、シェリー先生の指導を受けられるようになったからと言って、もう私を越えられるつもりになられては困るの。

 だから、私も負けじと眼光鋭く、真っ直ぐにその瞳を受け止める。


「ふふ、それは楽しみね。山猿の猿回しが、果たして本当にダンスになるのかしら?」

「今ならそう言われた意味が分かります。だから、次に会ったときは、必ずあたしのダンスをお見せします! その時には、今の言葉を絶対に撤回して貰いますから!」

「そう…………それは楽しみだわ」

「他にも、シェリー先生の紹介で、礼儀作法の先生まで――」


 本当に、天真爛漫で可愛い子。


 乙女ゲームのヒロインらしく、明るくて、前向きで、夢と希望に溢れていて。

 それでいて、とんでもないスペックを秘めている。


 それは二学期の期末試験の結果でも明らかね。

 王妃になる目標が出来たからか、ルーファス様ルートに入って勉強漬けになった時以上に、その成績を伸ばしているんだから。


 だからダンスも、きっと宣言通り、いつか私以上に踊れるようになるんでしょうね。

 それが嬉しいような、悔しいような、複雑な気分よ。


 叶うことなら、お友達になりたかったけど……。

 でも、もう二度と会うことはないでしょうね……。


「――だから絶対に、あたしの方がロズハルト様に相応しいって、ファルテイン様に認めさせてみせます!」

「まだ学び始めたばかりの小娘が、随分と生意気を言うのね。いいわ、なれるものならなってご覧なさい。この私、ファルテイン公爵令嬢エヴァノーラ・ストックドーン以上の令嬢に、そして王妃に」

「はい、なってみせます、必ず!」


 眩しいわね。

 さすがヒロイン。


「もし……」

「え?」

「もしあなたが私と並び立てたと誰もが認めるくらい、学問も、礼儀作法も、ダンスも、全てを修められたのなら、その時、ロズハルト様と陛下に尋ねてご覧なさい。何故、私がロズハルト様の婚約者だったのか。そして、あなたが選ばれたことが、どういう意味を持つのかを」

「……? はい、分かりました?」


 いいわよね、このくらいの意地悪。

 最初で最後の、悪役令嬢からヒロインレアナへの意地悪よ。


「そして全てを理解し背負った上で、私を越える王妃になってみせなさい。でないと許さないわ」

「よく分からないですけど、分かりました。必ず、ファルテイン様以上にロズハルト様に相応しい王妃様になってみせます!」

「そう」


 期待しているわ。

 頑張ってね、ヒロインレアナ

 私を越えた時、きっとその時が、あなたにとってのトゥルーエンドよ。


「では、言いたいことも言ったから、私はこれで失礼するわ」


 ロズハルト様とこの国の未来を、しっかり守って頂戴。

 頼んだわよ。


「え? は、はい」


 くるりと背を向けて、真っ直ぐ背筋を伸ばしてその場を去る。

 言いたいことを言って区切りを付けた、そんなスッキリとした気持ちと、ほんの少しの寂寥感を覚えながら。


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