掛川駅前の噂話

黒野しおり

駅前の噂、知ってる?


 「ライブやります!良かったら来てください!!」


 木造の駅舎が特徴の掛川駅北口のロータリー。いわゆる二宮金次郎像がある方の入り口。駅前に金次郎像があることを市外の友達に言うと結構驚かれる。そして「彼の教えを書いた冊子が小学生の頃に配られていた」と説明するともっと驚かれる。


 前置きが長くなったが、いわゆる地元の駅前で私はチラシを配っている。しかし、この人通りの多くない駅前でチラシを配っても、誰も受け取ってはくれない。それもそうだ。誰も地下アイドルのライブなんて、興味がないのだろう。


 静岡県民で構成された5人組アイドルグループ「静かなるhill」は、これっぽっちも売れてないご当地地下アイドルである。今日はプロデューサーに「自分たちの地元でチラシを配るくらいの努力をしろ!!」と言われ、メンバーでちりじりになって、この暑い中でチラシを配っている。


 携帯の通知がなる。どうやら他のメンバーはチラシを配り終え、今日はもう帰るらしい。そりゃあ人の多い、静岡駅や浜松駅で配っているメンバーの方が早く終わるだろう。そもそも掛川には人が居ない。絶対数が少なすぎる。この量のチラシを配りきるのは、なかなか絶望的だ。


 「静かなるhillっていうグループでアイドルやってます!富士山のようにでっかくなることが目標です!ぜひ応援して下さーい!」


 ニコニコ笑顔で配るが、誰も受け取ってはくれない。ときどき、この暑い中配っているのが可哀そうなのか「大変そうね~~」と言っておばちゃんが受け取ってくれる。その中のおばちゃんの1人が、ペットボトルのお茶をくれた。ありがたく頂こうと、ペットボトルの蓋を開けようとしたその時、金次郎像の近くでフラフラしている人を見かけた。


 「大丈夫ですか!?」


 慌てて駆け寄る。今にも倒れそうになっているその男の人は、明らかに熱中症だった。すぐに日陰に連れていき、もらったお茶を差し出す。その騒ぎを聞きつけたのか、近くの交番のおまわりさんも途中から介抱を手伝ってくれた。


 しばらくして男の人は元気になり、なんどもお礼を言われた。さらに助けてくれたお礼にと、謝礼金を差し出そうとしてきたため、慌てて断った。それでもと言うので、チラシを受け取ってもらうことにした。「チェキめっちゃ撮りに行きます!お金だけはあるので!」というので「来てくれるのはすごく嬉しいです!だけど、ライブで私のこと推したいな~~と思ったらチェキ撮ってくださいね」と言っておいた。沢山撮ってくれるのはありがたい。なんたってチェキの売り上げが、給料に直接的に影響する。だが、この男の人は助けてくれたお礼にチェキを沢山撮る、いわゆる太客になろうとしている。それはよくない。努力して、自分の実力で上を目指すのが目標だと話したら、男の人は泣いていた。ついでに交番のおまわりさんも泣いていた。


 そんなことをしていたらもうすっかり夜になってしまった。この時間になると帰宅する人もぼちぼち増え、チラシを受け取ってもらえるようになった。だが、それでも最後の1枚がなかなか受け取ってもらえない。


 どうしたものかとキョロキョロしていると、二宮金次郎と目が合った。彼の目が光ったように私は見えた。フラフラと歩みより、チラシを差し出す。すると彼は、笑って、チラシを受け取ってくれた。そして「勤労・至誠・分度・推譲の教えを、私の目の前で見事に実践した君には、少しばかりの褒美を与えたい。宣伝してあげよう」と金次郎が囁いた――。


 そこから先の記憶はよく覚えていない。いつの間にか家に帰り、いつの間にかプロデューサーに終了の連絡をしていた。そしてしばらくしてから、掛川駅前の二宮金次郎像が不気味な歌をうたっているという噂が囁かれるようになった。


 私にはその歌の正体がわかった。


 ……しかし、金次郎の宣伝はただの不気味な噂にしかならず、客は2人増えただけだった。

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掛川駅前の噂話 黒野しおり @kurono_shiori

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