第二ボタン

三奈木真沙緒

本当に、俺なの?

 その子は、明るくて、かわいくて、男女どっちにも人気があった。別のクラスの男子にさえ「あの子かわいいよな」と噂されていた。

 何もかも俺とは正反対で、クラス以外に共通点なんて、かするほどもなかった。

 だから……どうしても、自分の置かれている状況がわからなかった。

 卒業式の後、なぜ彼女が俺を呼び出したのか。なぜ体育館の裏で、俺と彼女がふたりだけになっているのか。そして、なぜ、俺に告ってきたのか。


 というか――本当に告られたのか、俺?


 理由はさっぱりわからない。俺は、地味だ。成績も普通、運動神経も人並み、イベントでキラキラするタイプでもない。不潔な感じにはならないようにしてたけど。男の友達はそこそこいるが、女子にもてない自覚はある。この子とはたぶん、しゃべったことも必要最小限しかないはずだ。

 なのに……なんで、俺なんだ?

 すごいいい子で、元気でひたむきで、かわいくて……男子なんて選び放題だろうに。というか、この子はアイツのことが好きなんだと思ってた。学祭でまとめ役していたアイツ。背も高くて、ちゃんとみんなをまとめられて頼りにされて、場を和ませる冗談がうまくて、顔も俺よりいいと思う。ふたりはいい雰囲気だった。アイツの方はまんざらでもなさそうだったし。なのに。

 なのに……俺?

 何かの罰ゲームとか、嘘告、ってやつだろうか。……いや、この子、そういうことをする子じゃないと思う。こんな風に「わかってる、最後に言っておきたかっただけだから」なんて、見たこともない表情で、声を震わせて、これが嘘でしたなんてひっくり返すような子じゃないと思う。きっと。


 気持ちはありがたいけれど、どうしようもなかった。

 嫌いじゃないし、むしろ嬉しいし、ありがたい。けど、進学先の大学は、確か彼女とは全然違う方角で、それこそかすりもしない。俺自身、彼女にすれば対象外だろうと思っていたから、卒業なんてタイミングで告られても、どうしていいかわからない。こんな状態からいきなり遠距離でつき合うなんて……無理に決まってる。彼女を不安にさせてしまうだけだろう。俺だって自信がない。

 だから、正直にそう伝えるしかなかった。嬉しいけどどうにもできない、と。

 うん、わかってる。そう言ってくれると思った――彼女は笑って、そう答えた。目を赤くして。


「ねえ、第二ボタン、くれる?」

「えっ」

 俺はちょっと、いやかなり戸惑った。そんなこと言われたのは、生涯で初めてだった。

「あ、先約あるなら、いいけど」

「いや、先約なんかないよ。けど……」

 そんなこと言われるとは予想してなかったから、ハサミも何もない。俺はあわてて学生服の上着の前を開け、2番目のボタンを引っ張った。焦っているからか、うまく力がこもらない。上着を脱いでやり直す。ぶちぶちと、嫌な音がした。……いいや。この制服、もう使わないだろうし。

 どうにか引きちぎったボタンを、彼女に手渡した。

「ありがとう」

「けど、どうして」

「――しばらく、お守りにする。また、別の人、……好きに、なるまで」

 消えてしまいそうな声だった。

 聞いてくれてありがとうね――笑っているのか泣いているのかわからないまま、彼女は去って行った。

 俺はまだ、現実と夢想の境目を漂流しながら、その場で呆然としていた。

 

 3月初めはまだ、ルーズな着こなしには早くて、やっと上着を着ることに思い至った。ボタンがたったひとつ減っただけで、胸元は今までよりずっと冷たくなった。でも、今くしゃみをするのは、たぶん失礼だろうなと思った。

 あの子を傷つけたのは俺なのに、なぜこんなに目が熱くなって喉が苦くなっているのか、どうしてもわからなかった。

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