私が犯したあなたの罪

カエデ

罪人の記録

彼女はこれから大きな不幸を味わうことになるだろう。これは罰だ。彼女は絶対に犯してはいけない罪を犯したのだから。


私は上司から彼女の監視役に任命された。彼女のこの地での人生全てを監視し記録するのだ。なぜ私がこのような穢れた地でこんなことをしなければいけないのかとは思うがこれも上司からの命令だから仕方ない。そう割り切ろう。

七月七日彼女がこの地で生まれる日。その日彼女は山に住む老夫婦に拾われた。その日から老夫婦は彼女のことをとても大切に育てているようだ。だが彼女は元々この穢れた地の生き物ではない。成長速度が違うのだ。その違いに老夫婦も驚いているようだ。この程度で驚くとはなんと愚鈍な生き物なのだろう。

数日後彼女は山で村の子供たちと遊ぶようになった。彼女はうまく馴染めているようだ。こんな奴らと馴染めるとはやはりあのような罪を犯しただけの事はあるようだ。なんと愚かなのだろうか。

今日で彼女の断罪が始まって三ヶ月。どうやら彼らは都へ引っ越すようだ。どうせあの老爺が彼女への慈悲として渡された金でも見つけたのだろう。どうやらこの引越しは老夫婦が勝手に決めたことのようだ。彼女は直前に知らされて嫌がっている。やはりこの地の者たちは愚かで自分勝手だ。

都に住んで一週間。彼女は名を与えられたようだ。これから三日目間盛大に歌舞の宴を開くと言う。名を与える程度でなんと大袈裟なことか。実にくだらない。

宴当日。彼女の周りを様々な男が囲っている。見るからに薄汚い者、身なりはそれなりにしっかりしている者、媚びを売る者、自信過剰な者、様々だ。だがどれもこれも愚かで醜い。やはりこの地の生き物は穢れている。

宴の二日目、三日目も同じように過ぎて行った。彼女も楽しそうに過ごしていた。こんなものに嫌悪以外の感情を抱くとは断罪されるに相応しい人物なのだろう。

宴の日を境に彼女の元へたくさんの男が求婚に来るようになった。ある者は土産を持って彼女を訪ね、またある者は夜這いなどをしている。このような手段を使うとはなんとも穢れた生き物なのだろう。そもそも恋などという感情を持つこと自体愚かしい。

数週間もすれば彼女の元を訪れる人は減っていった。このような方法で受け入れられるはずがないとやっと理解したのだろう。そんなことに気づくまでにこれほどの時間を要するとはもう言葉すら出てこない。だが五人の愚者共は未だに昼夜問わず彼女を訪れている。ここまで来ると私の知る言葉では言い表すことの出来ないほどだ。

彼ら五人は十二月の雪が降る日も、十二月の凍てつく寒さの日も、六月の日が照り雷が轟く時も毎日毎日飽きもせず彼女を訪れている。このようなことをしても無駄であろうに。ここまで愚かで馬鹿だと尊敬の念すら抱く。

そんな日が続いて一年が経った。彼女と老爺がなにか話している。どうやら彼女に彼ら五人と見合いをしないかという話らしい。この爺はなんとも自分勝手なのだろうか。彼女は一年拒み続けて来たというのにそれすらも無視するとは。結局彼女は見合いを受け入れたようだ。

見合いの日。彼女の前に五人の男が並んでいる。何やら五人は激昂しているようだ。彼女が無理難題を押し付けたらしい。こういう機転の利くところは我らの同郷といったところだろう。彼女は見合いが決まった日からどうやら山での生活を懐かしんでいるらしい。遂に罪が浄化され始めたのだろう。

見合いの日から二十日後。五人の内の一人が彼女の元へ訪れてきた。もうすっかり諦めたものだと思っていたのになんと言う執着なのだ。少しすると彼が外に追い出された。どうやら詐欺を働いたらしい。このようなことをするとは言いきれぬ感情に襲われる。

今日で一人目が詐欺を働いた日からちょうど三ヶ月だ。今まで訪れなかった五人目の人物が死亡したと伝えられたそうだ。どうやら無理難題に挑んだ結果の事故だという。彼女は何故だか泣き崩れて引きこもってしまっている。このような下等生物の一人が死んだ程度でなぜこれほど悲しむのか理解に苦しむ。確かに彼だけは他の四人のように詐欺を働かなかっただけマシではあるが。

事故の報告がされて今日で三週間。彼女の元に帝からの使いが来たようだ。どうやら彼女の美貌の噂を聞きつけた帝に命令されてきたようだ。なぜ自身で見に来ないのか理解に苦しむ。

使いが来てから五日が経った。帝から宮仕えを命じられたようだ。彼女は断固として拒否している。老夫婦はその意見を受け入れるようだ。どうやら人の意見尊重するということを覚えたと見える。

それから一週間後。帝本人が彼女の元を訪れた。この帝という男は高圧的で上から目線な男のようだ。人の上に立つ者ですらこの有様とはやはりこの地の生物は救いようのないようだ。

帝の訪れた日の夜。彼女はこの地にはもう居たくないと願った。遂にこの時が来た。これで彼女の罪は洗われる。私は彼女にこのことを伝えた。そこで彼女は到底理解のできない言動をとった。私の言葉を聞くと泣きながらまだこの地に居たいと言い、私に縋りながら頼んできた。だがもう決まったことだ。彼女は今日から半年後の八月十五日に故郷へ帰るのだ。

彼女に伝えて一週間後私は故郷へ帰っても良いと言う命令が下った。私はこの前の彼女の行動がどうしても気になったので最後に彼女に聞くことにした。彼女は私を見るとすぐにまだここに居させてくれと懇願してきた。

私は「この穢れた地の何がいいのか」と尋ねる。

彼女は「この地は穢れてなどいない」と否定する。

私は続けて問う。「この地の者は愚かで自分勝手で醜い感情を抱き欲を満たすためならどんな手段も使おうとしてくる。そのような者たちとなぜ一緒にいようと思う?故郷に帰ればこのような者は一人も居ないしあなたがこの地で感じたような不幸や悲しみを抱くこともない。それに故郷に帰る時にこの地での記憶も忘れられるのだからこの地に残る理由などないだろう?」

「あなたの言う通りこの地の人は欲があって愚かだ。でもそれだけじゃない。それは見ていただけのあなたには絶対に分からない。それに私はここでの記憶を忘れる事なんて絶対に嫌だ。」彼女は泣きながら言っている。

さらに彼女に質問をしたいがこれ以上彼女と関わると上にバレかねないので故郷に帰るとしよう。

八月十五日。これから彼女を迎えに行く。私たちは船で彼女を迎えに行くと彼女の周りには老夫婦とそれを守るように大勢の武装した集団が取り囲んでいた。そんなことをしても我らの前では無力だと言うのに本当に愚かな事だ。我らが近づくと彼女の身体がふわりと浮いて我らの方へ引き寄せられる。彼女が私の目の前へと着地する。私はこの前の言葉の意味を彼女に問いたかったがそれは許されないことだ。私が彼女に羽衣を着せると彼女は一筋の涙を流してここでの記憶を失った。帰る途中こんなにも明るい月明かりに照らされているというのに私には夕闇に向かって船を漕いでいるようにしか感じられなかった。あぁ、どうやら私は大罪を犯してしまったらしい。

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