終わりよければすべてよし?

へびぼたん

第1話

 魔法使いの工房と言うには整理整頓が行き届きすぎているその家に、威勢のよい声が響く。

「やっと捕まえたわ、コウモリ野郎!」

 やや大きすぎるとんがり帽子がずれるのも厭わず、魔法使いの少女は、積年の仇を縄で縛り上げた。

「うわぁ、捕まってしまいましたぁ」

 仇である吸血鬼の少女は、ふざけた調子で言った。

 しょんぼりした様子を見せた吸血鬼だが、直後には自分を縛る縄を自慢の怪力で破ってしまった。そして、糸のように細い目の奥で魔法使いを見て、戦意はないとばかりに両手を上げた。

 煽られていると感じた魔法使いは、不機嫌そうに顔を歪めた。

「あんた、なんで捕まってるのかわかってるわけ?」

「泥棒でしょう? 毎月、満月の夜に忍びこみ、ときにはパターンをずらし、卑劣で姑息な手口で、貴重なグリモワールを盗んでいった。許しがたいですよね」

「そうね」

 魔法使いは呆れ果て、次の言葉が見つからなかった。

「いやまあ、その、ワタシにも理由があったんですよ。忘れましたけど。それなのに、あんな乱暴に……しくしく」

 吸血鬼は手で顔を覆い、か弱い泣き声をあげた。

「泣き落としが通用するのはガキだけよ」

 まったく泣いてなどいない吸血鬼は顔を上げた。

「いやぁ、ワタシもまだまだお子様ですよ? あなたの半分程度の背丈、丸っこくて可愛らしい顔。300歳って、チョウチョで言うとこの芋虫なのでね」

「おおよそ100歳から成体だって、図鑑にばっちり載ってたわよ。どっちにしろ、あんたの涙は醜いだけだわ、若作り婆!」

 吸血鬼はいやらしく笑った。

「口が悪いですね……。そんなんじゃ、ロクに男も捕まえらんないですよ」

「余計なお世話!」

 魔法使いは空中に小さな銀の塊を作り出し、吸血鬼の前頭葉をめがけて撃った。しかし、吸血鬼はあっさりとかわした。

「まあいいわ。それより、盗品を返しなさい。ほら」

「おうちです、ぜんぶ」

「なんでよ!?」

「盗んだ品持って盗みに来る泥棒がどこにいるんですか」

 半笑いで言われ、魔法使いは銀の塊を大量に撃ったが、またもや余裕たっぷりに避けられた。

「まあいいわ。グリモワールはあんたの家に着いてって取り返す。それより今は、あんたの処遇よね」

「釈放、無罪放免……悩みますね」

「決めた、血液提供よ。血を全部抜いたげる」

 吸血鬼は「ひぇえ」とわざとらしく驚いた。それでも目は細いままだった。

「吸血鬼のミイラがほしいんですか?」

「いや、不老不死の薬を作るのよ」

「血で、ですか?」

「そうね、例えば――」

 すると、吸血鬼の手が炎に包まれ、真っ黒な炭になった。しかし、3秒もしないうちに、逆再生をするようにして元の白い肌に戻った。

「こうなるじゃない?」

「いきなり燃やさないでください」

「これは血液の性質なのよ、図鑑によると。だから、吸血鬼の血液を培養、研究、なんやかんやして、薬を作るの」

 それが正しいのなら、血を抜かれてしまえば最後、不死性は失われてしまうということになる。それに気がつきながらも、吸血鬼は腕を組み、「ふむふむ」とただ相槌をうっていた。

「要は不老不死になりたいんですよね? それなら……」

 いつの間にか背後にまわった吸血鬼が、魔法使いの耳元で囁く。

「ワタシがおまえを噛んであげましょう」

 吸血鬼の頭が床にゴトリと落ちた。

「ちょっと、たんこぶできちゃったらどうしてくれるんですか」

「黙りなさい、クソコウモリ」

 断面から血が噴き出す、などということはなく、まるで磁石のように首がくっつき、すぐに元通りになった。

「ワタシの眷属になるのが、いちばん手っ取り早い方法だと思うんですけど」

「絶対に嫌、死んでも嫌」

「じゃあせめて血をくださいな」

「最初からそれが目的ね?」

 あからさまに苛立っていた魔法使いだが、突然自分の頬を叩くと、一転して落ち着いた様子になった。

「ダメね、こんなことしててもグリモワールは帰ってこないし、薬もできないわ。さっさと巣の場所を教えなさい」

「教えてあげてもいいですけど、実はワタシがいないと辿り着けないようになってるんですよ」

「じゃあ案内しなさい、今すぐに!」


 ひっそり閑の森を、魔法使いが自分よりも小さな吸血鬼に抱きかかえられるかたちで飛んでいく。自分、もしくは相手が無防備どころの話ではないことに、ふたりとも気がついていなかった。

 そして吸血鬼の家に着いた。中に入り、魔法使いは絶句した。彼女の家とは対称的に、がらくたの絨毯が敷かれていたのだ。

「あはは、散らかっていてすみません」

 魔法使いはわなわなと震え、意を決したように顔を上げた。

「まずは片付けよ! こんなんじゃ、グリモワールがどこにあるかわかったもんじゃないわ」

 魔法使いは宙に6つの手を生み出し、片付けを始めさせた。もちろん本人も手を動かしている。

「いやあ助かります、片付けって面倒なんですよねぇ」

 コウモリらしく天井にぶら下がり、吸血鬼はゆらゆら揺れた。

「その牙折って埋めるわよ」

「一点物なんでご勘弁を~」

 やがて、魔法使いの尽力によって、まだ散らかっているものの、客人に見せても恥ずかしくない程度になった。

「わぁ、素晴らしいです、ありがとうございます」

「ふふふ、それほどでもないわ。……わたしはなんで泥棒の召使いめいたことをしているのかしら?」

「あなたが勝手に始めたんでしょうに。それで、グリモワールはありましたか?」

「なかったわ。どっかに隠してるの?」

 魔法使いに睨まれ、吸血鬼は頭を掻いた。

「バレてしまいましたか。……実は、ここに」

 吸血鬼は懐から数冊のグリモワールを取り出した。

「持ってたんじゃない! というか、どうやって入れてたのよ」

「それはほら、吸血鬼ぱわーですよ」

「なにそれ……ってそんなのどうでもいいのよ、返しなさい」

 下向きに掲げられたグリモワールに、魔法使いが腕を伸ばした瞬間、吸血鬼は避けるように腕を動かした。それが3回ほど続いた。

「おちょくってるのかしら?」

「タダで返すわけにはいきませんよ」

「タダで盗っておいて何言ってるの」

 吸血鬼はにっこり微笑んだ。

「対価として、あなたの血をください」

「嫌よ」魔法使いは即答した。「いろいろおかしいのは目をつむるとして、なんでそんなに固執するわけ?」

「単純に美味しそうだな、と」

 魔法使いは先ほどの手を操って吸血鬼の脇腹をくすぐらせた。吸血鬼は墜落し、うっかりグリモワールを手放した。それを受け止め、ついに魔法使いはグリモワールの奪還に成功した。

「あっ、ちょっと!」

 そしてグリモワールを開き、短い呪文を唱える。すると、吸血鬼の身体はいくつもの輪で拘束された。その輪はとても頑丈で、吸血鬼がどんなに力を込めても壊れなかった。

「それじゃ、帰って血抜きしなきゃね」

 その顔は笑顔だったが、声には怒りの色がにじみ出ていた。


 ふたりは来た道を辿って歩く。とは言っても、吸血鬼は6つの手に捕らえられながら運ばれているので、歩いているのは魔法使いだけだ。彼女は無様な吸血鬼の後ろを、グリモワールを抱きしめながら歩いている。

 実質的な死刑執行に刻々と近づいていく吸血鬼。窮地を脱したいが、打開策はまったく思いつかないので、ついに彼女は単なる命乞いをし始めた。

「ワタシの血、美味しくないですよ? ゴーヤとかピーマンみたいに苦いですよ?」

「良薬は口に苦しって言うし、ちょうどいいわね」

「じゃあ美味しいです。ゴーヤとかピーマンみたいに美味しいです」

「美味しい良薬?」

「ひ、ひどい……人をまるで食べ物みたいに……」

「さあ、着いたわ。そろそろ遺言でも――」

 扉を開き、またもや魔法使いは絶句した。

 どこから入りこんだか、家の中にはネズミたちがたむろしていた。ただうろついている奴もいれば、あろうことか本をかじっている奴もいた。

 魔法使いは蒼ざめ、目に涙すら浮かべているように見える。彼女は某猫型ロボットよろしく、ネズミが大の苦手であった。

「嘘でしょ、ど、どうしよう、燃やすしか」

「落ち着いてください。ネズミ駆除の魔法とかないんですか?」

「そんなニッチな魔法ないわよ! でも辺り一帯を燃やす魔法ならあるの」

「ネズミ以外も灰になっちゃいますね」

 吸血鬼は死期が遠のいたためか、わりと冷静だった。

 今にも自らの住居を燃やさんとする魔法使い、数多のネズミによってどんどんかじり取られていく本。今が好機と見た吸血鬼は、どことなく胡散臭い笑顔で口を開いた。

「ワタシを解放なさい。このネズミたちを葬ってさしあげましょう」

「はぁ!? なんだってこんなときにあんたみたいな危険生物――」

「では大切なグリモワールもろとも燃やし尽くすと?」

「…………」

 魔法使いは不服そうに顔を歪め、パチンと指を鳴らした。すると、吸血鬼の身体を縛る輪や6つの手は塵と消えた。

「不本意だけど頼んだわよ!」

「ありがとうございま~す! 約束は果たしますよ!」

 解き放たれた吸血鬼は、目にも止まらぬ速度で部屋を飛び回る。戻ってきたかと思えば、少し離れた空を旋回し、彼女が魔法使いの前に再び降り立ったときには、あんなにあふれていたネズミは1匹もいなくなっていた。

「す、すごい……この一瞬で」

「へへん。吸血鬼ぱわーですよ。ぜんぶ遠くに逃がしてきました」

「助かったわ、ありがとう!」

「では血抜きもナシということで」

「それはまた別――と、言いたいとこだけど、今回は免除してあげる。吸血未遂とこれでチャラね」

「お優しい……憐れみ深いお方ですねぇ」

「それほどでもないわ。当然の礼儀よ」


 夜の闇に溶けこんでいく吸血鬼を見送り、魔法使いは邪魔者のいない部屋に戻った。

 魔法使いは窓際のロッキングチェアに腰かけ、ようやっと手元に戻ってきたグリモワールを開く。

 ――なんで手元を離れていたんだっけ?

 そういえば、別れ際の吸血鬼は、やけに笑顔だった。それも、こちらを馬鹿にでもしているかのような……。

 そして魔法使いはとんでもないことを思い出した。

「あいつ泥棒じゃない!」

 魔法使いが外へ飛び出した頃には、もうどこにも吸血鬼の姿はなかった。

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