血と絵の具
惣山沙樹
血と絵の具
いとこの
親戚が久しぶりに集まった年末の酒の席で、
「すぐわかったよ。お子さんの年齢、八歳、五歳、一歳。保護猫の活動してる」
「あちゃー、そっか」
「それでさ。このこと誰にも言わないから、頼みがあるんだけど」
聞けば、望くんはある小説を探しているとのことだった。図書館のレファレンスも活用したが、たどり着けなかったとのこと。
私のアカウントは、育児ツイートがバズり、十万以上のフォロワーがいた。確かにこの影響力をもってすれば、集合知で特定できるかもしれない。
早速私はこんなツイートをした。
#拡散希望
知人が「血と絵の具」という小説を探しています。お心当たりの方はいらっしゃいますでしょうか。
・十年くらい前に紙で読んだ短編
・内容はとにかく不条理。わけがわからなかった
・舞台は日本だった
手がかりはこれだけです。タイトルだけは鮮烈に覚えていて、記憶違いはないそうです。
みるみるうちに拡散され、リプライが飛んできた。その日は実家に泊まったので、翌朝から、望くんと一緒に集まったリプライを読んだ。
「血と絵の具という書籍は存在しませんね」
「小説の名前ではなく、章の名前では?」
「タイトルは違うけど不条理な内容といえばこれがあります」
「紙で読んだというのは文庫本などですか? それとも雑誌ですか? それにもよると思います」
「私も調べてみたけどわかりませんでした。みかんさん応援してます」
「同人誌の可能性はありませんか?」
私は望くんに質問を重ねた。十年前といえば彼は大学生だった。よく古本屋で立ち読みをしていたから、そのとき読んだと思うという証言を新たに得た。少なくとも同人誌ではなかったという。
先ほどのツイートにツリーをつなげた。
「血と絵の具」ですが、古本屋で立ち読みをしていたときに読んだかもしれないそうです。同人誌ではないとのことです。引き続き、情報をお待ちしております。
昼前には子供たちを連れて家に帰ることにしていたので、望くんとは別れた。元ツイートは続々と拡散され、考察をしてくれる人まで現れたが、本体にはたどり着けなかった。
季節は過ぎ、夏になった。私も日常の雑事に忙殺され、あんなツイートをしたことを忘れかけていた。
三番目の子供の授乳を終えて寝かしつけ、紅茶を飲みながらゆっくりしようとソファに腰掛け、ツイッターを開いたときだった。
ダイレクトメールがきていた。
煮崩れみかん様
「血と絵の具」の作者です。
この小説は、廃刊になった音楽雑誌「月刊ジャパン・ヒッツ」に連載され、廃刊と共に途中で終わったものです。
バックナンバーは現在入手困難ですが、私の手元にございますので、知人の方に直接お見せすることができます。いかがでしょうか。
私はすぐさま望くんに電話をした。
「望くん? あの小説のことだけど、作者の人から連絡がきたよ!」
「えっ、マジで?」
「月刊ジャパン・ヒッツって知ってる?」
「あー! 読んでた!」
「その雑誌に連載されてたんだって。直接見せてもらえるらしいけど、どうする?」
望くんは嬉々としてそれを見ることを選んだ。それで、望くんのツイッターアカウントを作者の方に伝え、そこからは直接やりとりをしてもらうことになった。
時間はかかったけど、やっぱりツイッターの力って凄い。初めてバズったときはどうしようかと思ったけど、こんな主婦の私でも役に立てることがあるんだな。
また、望くんからは読ませてもらったよとの感想がくるだろう。私は深い満足感の中、飼い猫の背を撫で、目を閉じた。
ニュースが舞い込んできたのは、それから二週間後のことだった。
「小説の感想が気に入らなかった」恨み抱き殺害か
京都府長岡京市の自宅で葛西望さん(三十二)を殺害したとして、無職の飯田渡(五十五)容疑者が殺人の疑いで逮捕されました。
葛西さんは、飯田容疑者の小説を読みに訪れ、そこで口論となったということです。
飯田容疑者は「人を殺しました」と自首し、警察が自宅を捜索したところ、あおむけの状態で倒れている葛西さんが発見されました。
室内からは、血がついた包丁が見つかりました。
「小説を読ませたが、その感想が気に入らなかった」という趣旨の供述をしていて、警察は死因や動機を詳しく調べています。
血と絵の具 惣山沙樹 @saki-souyama
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