第11話:リブート

 なにはなくとも情報、それから活動の元手が必要だ。そのためにもってこいの拠点が、俺たち冒険者には存在する。


 エリィにルートをガイドしながら、俺は一日ぶりにマクハリに戻ってきた。向かう先はもちろん、冒険者ギルド、バー『シルバーブレット』だ。皮肉な話だ。銀の銃弾を冠する店に、吸血姫と呼ばれた少女に連れてきてもらうことになるとは。


「終わったら呼んで、私はこの辺りで適当に身を隠してるから」


 店の前で俺を降ろし、エリィはそのまま運転席に残る。仕方がない、彼女が店に入れば大騒ぎになるし、車もこの辺りではどうしても目立ってしまう。


「わかった。しかしあれだな、ここが終わったら、まずはスキャンジャマーを手に入れるのが先決だな」


「スキャンジャマー?」


 知らないのかと思ったが、考えるまでもなく、ホットゾーンでは無用の長物だろう。


「ああ、電子ジャミング加工の施されたマスクとか、ゴーグルとか、フェイスコーデだよ。スキャンを妨害してレベルを表示させなくするんだ」


「へえ……そんなものがあるんだ」


 冒険者やコーポに勤める企業サムライ、それにギャングにとっちゃ、自分のレベルってのは誇示して歩くものだ。俺はこれだけレベルがあるんだぞ、と威圧して歩き、同時に下手に高レベルな相手に喧嘩を売らないための予防策にもなる。


 だが必ずしも、チバシティの全員がレベルを人に見せたいわけでもない。


 争いごととは無縁な一般人や、薄汚いパパラッチなど匿名性を保ちたい人間は、レベルを晒すことも避けようとする。そうした需要で生まれたのがスキャンジャマーだ。


「つけっぱなしじゃ入れない施設もあるし、万能じゃないけどな。けど、あれば多少自由に動けるはずだ」


「そこらで売ってるものなの?」


「最近じゃ適当なアパレルでも置いてるはずだ。買いに行くのか?」


「私が街で使えるお金なんか、持ってるように見える?」


 肩をすくめて返す。チバシティに入ったことがないというエリィの懐事情なんて、お察しといったところだ。トーキョーを闊歩しているアウターギャングの間じゃ、独自の通貨が出回ってるなんて話も聞くが、いずれにしろ街の中では使えない。


「なら、あとでな」


 走り出すナイトウィングを見守り、シルバーブレットへ向かう。さて、どうなることやら。


 店の前には、相変わらずしかめつらしい表情のバウンサーが仁王立ちしている。彼は俺を見つけると、珍しく驚きに表情を変えた。サイバーゴーグルのせいで目元の様子まではわからないが。


「ケイ、お前それ」


「入るぞ」


「お、おい」


 呼び止めようとするバウンサーを押しのけ、店に入る。薄暗く、ビートの流れる店内。店中の視線が俺に集まり、会話が止む。低音を効かせたBGMだけが、腹に響く。


 カウンターの偉丈夫が、やはり驚愕に目を瞠りながら俺を出迎えた。


「よう、モクレン。戻ったよ」


「あンた……ケイ! いったいどうしたのよ、その腕! それに……」


「説明はあとでする。それより、ユーリとシズルは戻ってるか?」


「エェ? 二人とも昨日から来てないワヨ。一緒じゃなかったの? キッカとゴーリーは?」


 クソ、やっぱりそう簡単に見つかるはずがないか。


「キッカとゴーリーは、死んだ。シズルに殺された」


「……ちょっと、詳しく説明しなさい」


 モクレンの面構えが変わり、声が低く静かなものになる。


 何度も同じ話を繰り返したくはないが、仕方がない。俺はまた、キャッスル・サンドリヨンに到着してからの出来事を、かいつまんで説明する。もちろん、エリィの存在は伏せたまま。俺はたまたま生き残ったとだけ話した。


「待ってちょうだい、EXPストレージの中身を吸い出すなんて、ありえないワ。EXPストレージの中身は外部化できないし、中身を消去もできない。それが常識でショ」


「俺だってこんな目に遭わなきゃ、あり得ないと思ってたよ。けど事実として俺は経験値を吸われたんだ、スキャンしてみてくれ」


 モクレンが顔を歪ませる。俺のレベルを確認したのだろう。


「レベル0……初めて見たワ、そんなステータス」


「ユーリもシズルも、どこであんなデバイスを手に入れたのか知らないが、なにかヤバいことをやろうとしてるのは確かだ。モクレン、二人の情報が入ったら教えてくれ」


「え、ええ、それは構わないけれど」


「ついでってワケじゃないんだが、なにか仕事をくれないか? EXPストレージがこのザマで、パスモ口座が使えなくなってさ。無一文なんだ、いま」


 途端に、モクレンの顔が渋いものに変わった。


 どうだ……?


「あのネ、ケイ。言いたくないんだけれど」


「よおケイ! ずいぶんな有様じゃねえか!」


 どこで聞き耳を立てていたのか、カウンターにひとりの男が身を割り込ませてくる。ええと……どこの誰だったかは思い出せないが、この店に出入りしているんだ、冒険者なのだろう。


「片目片腕もがれた上に、仲間に裏切られてご帰還だって? 笑わせるぜ! どんなヘマを踏んだ? 一回死んでみたか?」


「ま、そんなところだ」


「ザマぁねえなレベル99がよ。おっと、いまはレベル0だったな! レベル0? 赤ん坊だってハイハイしてりゃレベル1はあるぜ」


 人を不快にさせる才能にだけは溢れた笑い声が、耳に障る。なにしに来たんだこいつ。


「あのさ、こっちは真面目な話しに来たんだよ。用がないなら引っ込んでてくれないか」


 笑い声が止んだ。


「……手前、立場わかってねえのか。ここはシルバーブレット、腕利きの冒険者だけが入れる店だぜ。クソガキ以下になった手前がいていい場所じゃねえんだよ。なあ、モクレン?」


「……そうネ。いまのケイに仕事を斡旋できるかと言われちゃうと、ネ」


 クソったれ。やっぱりこういう展開になるか。


「まあ、そうなるかなと思っちゃいたけど。薄情な話だな。モクレンとはいい関係を築けてると思ってたのに」


「やめて、ケイ。こっちも店のルールと看板を守らないといけないのヨ」


「デケえ顔してんじゃねえぞ。さっさと出ていかねえなら、俺らが手前をかわいがってやる。ちょうどいい機会だぜ、前々から気に食わなかったんだ」


 そっと周囲を見回すと、何人かこちらの様子を見ながらにやにや笑っている連中がいる。このまま大人しく従ったところで、店を出たところで絡んで来るヤツもいそうだ。どうも目立つ杭というのは打たれるものらしい。


 物騒な展開は、出来れば避けたい。さすがに、いまの俺じゃこいつらを相手にはできない。


「わかったわかった、出ていくよ。おっと、しまった」


 網膜に映る論理スイッチを切る。右腕のサイバーウェアの出力を無制限に。


「んなッ!?」「ちょっとッ!」


 振り上げた腕を、スチールのバーカウンターに叩きつけた。天板がへしゃげる。思ったよりひどいことになったが、いいだろう。論理スイッチを元に戻す。


「驚かせたか? 見ての通りレベル0でさ。この右腕、ギンガム・サイバネティカのタイラントM66なんだけど、制御がロクにできないんだ。悪いなモクレン、カウンターの修理費はいずれ払うよ」


 いちゃもんをつけてきた男は、顔を青くして後ずさり、モクレンが目頭を揉みながらため息をつく。


「いいワヨ、あンたには稼がせてもらってたものネ。あと、仕事の件もどうにかしてみるワ。少なくともカンは鈍ってないみたいだし、なにか今のあンたでもできそうなビズがあれば声をかけてあげる。ただ……」


 変形したバーカウンターの向こうで、やり手のフィクサーが眼光鋭く俺を睨みつける。


「今夜のところは帰って。いま紹介できる仕事はないし、これ以上ここにいると、あンた本当にマズいことになるワヨ」


 言われなくてもわかってる。店中から殺気立った視線が向けられている。レベル0の俺にだってわかるほど、ギラギラと。


「みたいだな。もうお暇するよ。それと、ユーリたちのことも頼んだぜ」


「はいはい。まったく、いつも話題を掻っ攫っていくんだから」


 呆れ顔のモクレンと、剣呑な顔をした冒険者たちに見送られて店を出る。


 結局、収穫はほとんどなしだ。強いて言えば、俺は冒険者としても、完全に振出しに戻ってしまったと分かったくらいか。

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