第10話:コースト・ドライブ

 暗闇を貫いて疾駆するうち、ナイトウィングの前方にトンネルの終わりが見えてくる。窓から身を乗り出し、着ぐるみボットたちに応戦している俺の鼻孔が、かすかな潮の香りを捉えた。


「出口か!?」


「掴まって」


 見えたのは出口だけではない。バリケード代わりにだろう、いくつもコンテナが積まれている。慌てて車内に引っ込み、シートベルトを締めなおした。エリィがアクセルを踏み込む。ナイトウィングが加速する。


「おい、まさか」


「舌を噛まないでね」


 ナイトウィングが、飛んだ。スロープ状に置かれていた鋼板を駆け上り、車体が宙に舞う。一瞬の浮遊感。着地の衝撃で身体が浮き、シートベルトに押さえつけられる頃には、俺たちはトーキョーベイの港際の道に走り出していた。


 搬入口だったのだろうか。振り返ると、暗いトンネルの入り口がぽっかりと口を開けている。道を塞ぐバリケード。その隙間からこちらを見る、いくつもの赤い眼。恨めし気に見られているのか、あるいは見送られているのか。いずれにしろ、着ぐるみボットたちがそれ以上追いかけて来る気配は、なかった。


「あいつら、外には出てこないんだな」


「あくまでバックヤードに入り込んだ人間を、外に排除するように動いているみたいだから。襲われたアンデッドもみんな、パーク内に放り出されてたもの」


「警備システムかなにかが狂った結果、だったのかな……」


 上にはアンデッド、下にはイカれた着ぐるみボットの群れ。つくづくキャッスル・サンドリヨンは、とんでもないダンジョンだ。


 だがとにかく、窮地は脱した。ナイトウィングは潮風を浴びながら、マイハマ地区の港沿いに走り続ける。パークやスラムを迂回して幹線道路に出れば、都市部にもすぐ戻れるだろう。


 深くシートに身体を沈める。今日は色々なことが起こりすぎた。少しでも気を抜けば、すぐにでも眠ってしまいそうだ。


「ちょっと、寝ないでね。これからどうするのかも決めてないんだから。あなた、その二人を追うアテはあるの?」


「そうだな……元々は仲間だったんだ、一度連絡を取って、話をつけてやろうかとも思ってたんだが」


 ニューロデッキの中、通常のデータストレージに残っているアドレス帳を引っ張り出す。そこにユーリとシズルの名前はない。


「アドレスがブロックされてる上に、パーティチャットからもキックされてる。殺した相手にそこまでするとは、念の入った嫌われようだよ」


「つまり連絡は付かないし、相手もおそらくあなたの生存には気付いていない」


「たぶん。とはいえ、向こうは特級ウィザードに敏腕コーディネーターだ。普通に動いてれば、すぐ気付かれるだろうな」


「なら、気付いてもう一度殺しに来てくれればラッキー、ってところかな」


「それなら話がはやいんだけど……十中八九放置されるだろうなあ」


 ユーリたちがなにをしでかそうとしているのかわからないが、相当大掛かりなセッションであることは間違いない。となると、レベル0に無力化された俺なんて、生きてたところでわざわざ相手にしてる暇なんかないだろう。


「となると、どうにか二人の足取りを追って、ああでも、その前に腕も直さないと……ウソだろ!?」


「うるさい、急に大声出さないで。いったいなに?」


「パスモ口座に入れない。なんでだ、凍結されてるわけでもないのに」


「アクセス認証にEXPストレージを使ってたからでしょ」


 あっ。上げそうになった悲鳴をどうにか飲み込む。


 EXPストレージに記録されているのは、装着者の体験そのものの電子情報だ。この世に同じデータは存在することはひとつとしてない、究極の個人認証でもある。新たな情報が書き加えられることはあっても、過去を書き換えることは出来ないため、登録時点でのデータ波形を個人認証に利用しているサービスは多い。


 そもそもEXPストレージの経験情報は、スキルチップによる書き込みはできても、書き出しは不可能だったはずだ。データをコピーしたり外部化しようとすれば、即座に破損して無意味化する。セキュリティの問題ではなく、なぜかそうなってしまう……らしい。


 考えれば考えるほど、あのソウルイーターとかいうデバイスは道理が通らない。いったいあいつらは、どこでそんなシロモノを手に入れたのか。


 さておき。


「あ、しまった、セーフハウスのセキュリティもEXPストレージじゃねえか!」


 脱力してますますシートに沈み込む。俺は文字通り、仲間も経験値も帰る場所も財産も社会的ステータスも、なにもかも失ったわけだ。すっからかんの、あいつらの言っていた通りの抜け殻だ。


「ユーリたちを追うどころか、明日からどうやって生きてけばいいんだこれ……」


 お先が真っ暗過ぎる。窓の向こうを見ると、そんな俺をあざ笑うように、チバシティが煌々と明かりを放っている。


「で、結局どうするの」


 ついでに、隣にいる吸血姫ときたら、同情のひとつもくれやしない。ドライなお姫様だこと。


「とりあえず、マクハリかな。ワンチャンあいつらが店に戻ってる可能性もあるし、情報を集めるにしろどうするにしろ、冒険者ギルドに話は通しておきたい」


 だがハンドルを握るエリィは、なぜだか微妙な反応を返してくる。


「マクハリ……」


「なんでそんな聞きなれない単語みたいな顔するんだよ」


「別に、マクハリくらい知ってる。ナビを入れれば行けるから」


「マクハリまでナビが必要って……もしかして、行ったことないのか?」


 返ってきたのは、苦々しく歪んだ顔と、か細く泣くような返事だった。


「ないけど、それがなに」


「ウソだろ」


 マクハリはチバシティの中心地だ。繁華街に歓楽街にデカいモール。よほどシティの外れに住んでいる浮浪者でもなければ、一度は行ったことがあるはずだ。エリィの口ぶりじゃ、ずっとキャッスル・サンドリヨンにいたわけでもないだろうし。


「おわっ」


 と思ったら、ブレーキがかかり、ナイトウィングが急停止する。いったいなんだ。運転席を見ると、エリィはじっとりとこちらをねめつけていた。


「言っておくけど、私はチバシティの中に入ったことなんて、ほとんどないから」


「入ったことがないって」


「私のレベルを忘れたの?」


 言われて、はっとする。


 そうだった、彼女はレベル256だ。レベルのスキャンは、顔を合わせていれば誰だって行えるし、俺がパスモ口座にアクセスできなかったように、一部の店舗やサービスでの個人認証にも使われている。シティの中で彼女のレベルは、あまりに超越的過ぎるのだ。


 ましてやエリィは、3億パスモの賞金首でもある。顔や名前までは出回ってなかったとはいえ、そんなレベルで出歩いていれば、すぐにその正体に探りが入るのなんて想像に難くない。


「いやでも、生まれたときからレベル256だったわけじゃないだろ。それまでは……」


「ずっと崩壊したトーキョーにいた。街のことなんて、なにも知らない」


「トーキョーって……」


 トーキョーは電脳戦争以来、アウターギャングと不良ボットが蠢き、そこかしこがダンジョンと化した、復興計画すら投げ出されたホットゾーンだ。あの無法地帯で生きていく方法なんて、ギャングになるか、ギャングの食い物になるかのどちらかしかない。俺たち冒険者だって、用がなければチバシティから出ることはほとんどない。


 いったいどれだけの間、彼女はトーキョーで生きてきたというのだろう。どれほどの修羅場を潜り抜けた末に、キャッスル・サンドリヨンに辿り着いたのだろう。


「トーキョーにはルールなんてない。生きているヤツが正解なだけ。チバシティの中がそうじゃないことくらい、知ってるわ」


「俺に一緒に行動しろってのは、そういうことか」


 彼女はこの街のことをなにも知らない。俺が案内役に選ばれたってことなら、やっぱり彼女は、理性的で慎重だ。人死にや騒動なんて意にも介さない、傍若無人なギャングらしくない。一方で、生い立ちとレベルは、彼女の浴びてきた血の量を物語っている。


 話せば話すほど、ちぐはぐな少女だ。いったい彼女は、何者なのだろう。何故ソウルイーターなんてヤバげなシロモノに、こんなに興味を示すのだろう。


「なにか言いたいことがあるなら言って。引っぱたくから」


「いや、別に……お嬢様だったんだな、と思っただけだよ」


 だいぶ荒んでるけどな。


 そう言ったら腕を引っぱたかれた。大して痛くはなかったが。

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