16話 ギャルVS委員長、ふたたび


 蔦屋書店のなかは、なにも変わっていなかった。

 あたりまえだ。たった数日で変わるわけがないのだから。かりに、俺の主観時間がとてつもなく長く感じられていたとしても。


 同じ平日ということで、席の混み具合もだいたい同じだった。

 二階の奥の席で、俺はひとりで待っていた。

 目の前にはふたつのメロンフラペを置いている。注文するタイミングは見計らったつもりだったが、ちょっとはやすぎたかもしれなかった。

 はやくもクリームが溶け始めていて、あまりよろしくない。もしもでろでろになってしまったら、また新しく買い直すことにしよう。


 スマホが鳴ったのでチェックした。イヨちゃん先生からのメッセージだった。

 電甲杯の公式ページのリンクだった。念のため、とのことらしい。

 俺が先生にお礼のテキストを打っていると、


「はろはろー」


 と、声がして肩を叩かれた。

 振り向くと、制服姿の赤城さんがいた。


「おひさー。いいんちょくん、風邪はもう大丈夫なの?」

「ああ。もうすっかりよくなったよ」

「よかった! けど、ずいぶん突然よくなんだねー?」

「俺も驚いているよ」


 これは本当だった。今朝までは、本当に頭がくらくらしていたのだが。

 赤城さんは席につくと、メロンフラペの存在に気づいた。俺は片方をすすすと差し出した。


「え、くれるの? ……悪いよ」

「悪くない。これで差引ゼロだ。ちなみに利子分ということでグランデサイズになっている」

「なにゆってんのw 意味わかんなくて草」


 でもあんがと、と言って赤城さんはストローをさすと、ちゅるちゅると飲み始めた。

 俺も飲み始めた。スタバのことは依然としてよくわからないが、これがうまいことだけはよくわかった。期間限定じゃなくて、ずっと置いてあればいいのに。


「さて、赤城さん。そういうわけで、ぜひ俺と電甲杯に出てほしいわけだが」


 俺が前置きもなしに言うと、赤城さんはむせた。


「大丈夫か?」

「……っ、げほ。だ、だいじょぶ。いきなりだったから」


 赤城さんはナプキンで口元をおさめると、にらむような目つきになった。


「ゔーーーーーっっ」

「どうした?」

「なんかあたし、頭バグりそーなんだけど。前と状況、ぜんぶ逆だし!」


 そのとおりだった。

 俺たちは座る位置が逆転していて、頼む側も逆転していた。


「いいんちょくん、事情を説明してくんない? なんで前はダメで、今はおっけーなの? あたし、べつにいいんちょくんに無理させたいわけじゃないんだよ?」

「それはわかっている。単純に、風邪で寝込みながらよく考えたんだ。俺は大会みたいな場が苦手だが、苦手なことから逃げていてはよくないと。赤城さんとだったらいいゲームができると思うし、挑戦するだけの価値があると考え直したんだ」

「……いや、ウソがへたすぎてびびるんですケド」

「え」


 まさか見破られるとは。理路整然とした説明だと思っていたが、なにか変なところがあったのだろうか。


「だっていいんちょくん、前はほとんど聞く耳持たずだったよ? ぜんぜん迷ってる風じゃなかったし。なんか、よほどのことがあったんじゃないの」


 どうやら勘がいいようだ。

 そのとおり、よほどのことがあった。

 だが、説明できるはずがなかった。自分が委員長であり続けるために協力するだなんて言い分、変人どころの騒ぎではない。


「そんなことはないさ。前回、俺に頑固なところがあるように見えたとしたら、それは多少なり動揺していたからだろう。本当は言うほど無理ではなかったんだ」

「ぜったいうそ! なにがあったわけ?」

「なにもないというのに。それよりも赤城さん、まさかもうほかにメンバーを見つけたとか?」


 それならそれで構わなかった。正直、いちばん丸いまである。


「……そういうわけじゃない、ケド」

「あるいは、やはり俺では力不足に感じたとか? それなら正直に言ってほしい」

「そんなこともないよ! 匿名熊と組めるなんて、サイコーだと思う。あたし、きのうも前の配信のリプレイ見てたし……」

「リプレイ? 俺は、アーカイブは残していないはずだが」


 すると、赤城さんはハッとした顔になった。


「あいや……あたしその、毎回、配信を録画してたから……勝手な話、なんだけど。いいんちょくんのプレイ、まじで好きだったから……」


 赤城さんはメロンフラペを持ち上げると、顔を隠すようにした。

 俺のほうも、なんだかそわそわする気分だった。すべての話を聞いたうえでも、赤城さんがlili-love-77だというのは、なぜだかそこまで実感できていなかった。

 が、事実としてそうなのだ。

 彼女は、たしかに俺のファンでいてくれたのだ。

 とするなら、俺もこれを黙っているのはフェアではないだろう。


「俺も、たまにQG_Airiのプレイを見なおすことがある」

「……え?」


 赤城さんは目を丸くした。

 QG_Airiというのは、赤城さんのプレイヤー名だ。QGというのは、Quiet Girlsの略で、赤城さんの所属しているチーム名を指している。


「去年あったスト祭のラストマッチだ。赤城さんが13キルも取って、最後にデュオでチャンピオンを取った試合。あれは、みごとな一戦だった」

「……え、え?」

「たしかラウンド2だったか、錬金施設で敵と鉢合わせて、シールドを割られたあと、あえて回復せずに前に出て相手を取り切ったことがあっただろう。かりにああいうファイトができる実力があったとしても、大会で実践できるプレイヤーは、かなり少ない。赤城さんの勝負強さが命運を分けた、いい試合だった」

「ちょ、ちょタンマ! いいんちょくん、一瞬待って」


 俺の話をさえぎると、赤城さんはゆるゆると力なく机に突っ伏した。


「や、うそ、めっちゃ見てるじゃん……てか、めっちゃ褒めるじゃん。ちょっと待って、まじ? うそー、やば……これ、まじやばい。嬉しーんだけど……」


 顔は腕に覆われているが、隠せていない耳は、真っ赤になっていた。

 そのまま居眠りでもしたのかというくらい、赤城さんは机に埋もれたままだった。俺がどうすればいいかと困っていると、ようやく、そのままの姿勢で言った。


「……あの試合さ。これまでの自分のプレイで、いちばん好きなんだよね」

「そうかもしれないな。あれだけ思いどおりに戦況をコントロールできたのなら」

「うん。まじで、本当にサイコーだった。超きもちよかった……。あのね、こんなん言ったら笑われるかもしれないけど……」


 赤城さんがわずかに顔を上げた。

 長いワンレンで片目が隠れ、もう片目だけが、俺を捉えた。


「あたしさ、生きててよかったーって思ったの。それくらい、あれはいいゲームだったの。や、スト祭は世界大会でもなんでもなくて、ただのカジュアル大会だったってのは、よくわかってんだけどさ。……引かないかな? こうゆうの聞いて」


 その質問に、俺は首を振った。


「引かない。というより、そうだろうと思う。ルシオンは神ゲーなのだから、いい勝ち方をできたときよりも楽しいことはないさ」

「……ルシオンは、神ゲー」


 のっそりと、赤城さんが起き上がった。


「いいんちょくん。本当に、そう思う?」


 その目がやけに力強かったから、俺はわずか、たじろいだ。

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