15話 まあ先生がそう言うなら…

 そんな俺の晴れやかな気分は、一瞬で消し飛んだ。


 ふたたびの憂鬱感。その理由は、これからやらなければならない、とあるミッションのせいだった。

 午後登校を果たした俺は、まず真っ先に職員室に向かった。

 イヨちゃん先生の担当は、英語だ。忙しい科目だから、果たして職員室にいるかどうか……。

 そう思って確認すると、まばらな席の合間に、先生はいた。

 おそるおそる、俺は職員室に入った。


「先生、こんにちは」

「ひゃあうっ」


 パソコンに向かっていた先生が、跳びあがった。


「え⁉ え、亜熊くん⁉ どうしてここに? 風邪は⁉」

「もう治ったので、登校しました。ご心配をおかけして、すみませんでした」


 ぺこりと頭を下げる俺の額に、先生は手を当てた。


「本当に? 本当に治ったの? もう熱はないの? だるくないの?」


 小柄な先生は、ぴょこぴょこと跳ねながら、俺の背中側にまわって全体を確認したり、俺がカムフラージュでつけているマスクをはずして、顔色をたしかめたりした。

 どうやらいつもの俺らしいとわかると、先生はほっと胸をなでおろした。


「よ、よかったぁ。本当に、よくなったのね……」

「先生。前から思っていたのですが、先生は俺に対して、やけに過保護じゃないですか」

「ぎ、ぎくっ」


 と、漫画のような声を出すイヨちゃん先生。


「そ、そんなことないよぉ~。私は生徒みんなに対してこうだよぉ~」

「そうでしたか」

「そうに決まっているでしょ。もう、亜熊くんったら人聞きが悪いんだからぁ」


 あははうふふと、イヨちゃん先生は渇いた笑い声を発した。


「あれ? でも亜熊くん、もう六限目よ。もう授業がはじまって十分以上経っているし、出席扱いにはしてあげられないんだけど……」


 そのとおりだった。俺も登校してから思い当たったことだった。

 だが、先生にだいじな用があったから、そのまま校門をくぐってきたのだ。


「たしかにそうなのですが、こんなに学校を休んだことがなかったので、気になってしまって。先生、俺になにか手伝えることはありませんか。今週はいくつか仕事があるかもと、前におっしゃっていましたし」

「えー! そんな、いいのよ。病み上がりなんだから、むしろ亜熊くんはしばらくなにもしちゃだめ! おサボり委員長になってください」

「そういうわけにもいきません。……それに、先生にはお聞きしたいこともあったので」

「私に?」


 きょとんとするイヨちゃん先生に向けて、俺は勇気を振り絞って言った。


「はい。というのも、夏休みに開催される電甲杯についてなのですが。あの大会は、うちの高校にいくつかの参加枠が配られているというお話でしたよね」

「ええ、そうよ。全国40チームのうち、5チームがLC学園の参加枠として決定しているの。夏休みの初週から学内選考がはじまる予定よ」


 イヨちゃん先生の説明に、俺はうなずいた。俺の理解で、おおよそ合っていたようだ。

 ちなみに、選考という言い方をしているが、実質的に学内大会ということでまちがいはない。


「でも、電甲杯がどうかしたらの?」

「先生、もしかりに。かりにですよ。かりに、俺が電甲杯に出場したいと言い出したら、先生はどうお思いになりますか」


 これは、俺にとってはものすごく大切な質問だった。

 もしもイヨちゃん先生が過度に驚いたり、意外に思ったりするなら、そういう行為はやはり、委員長らしくないおこないだということになってしまう。

 そしてそうだとすれば……はやくも詰みの可能性があった。


「もしかりに、亜熊くんが電甲杯に出たら……?」


 ポクポクポク、と音が鳴りそうなほど、先生は固まった。

 それから、顔をぱぁぁっと明るくした。


「そんなの、絶対にいいことだと思うわ! 先生、とってもすばらしいことだと思う!」

「そ、そうですか?」

「ええ、もちろん! それで、亜熊くんはチームリーダーとして出るつもり? もしくはだれかのチームに? もしリーダーとして出たい場合は、じつはもう〆切が終わっちゃっているんだけど、大丈夫、先生がなんとかするから! あ、そもそも電甲杯の日程はきちんと知っているのかな!? ちょっと待ってね、今わたしが概要のリンクを送ってあげるから……!」


 俺は、すさまじい勢いで話を進める先生を止めた。


「ま、待ってください。それより、先生はどうしてそう思うのですか。その、俺が出たほうがいいに決まっているというのは」

「ど、どうしてって? それはその、だって」


 俺の質問に、イヨちゃん先生の目がぐるぐるになった。


「そんなの決まっているじゃない。電甲杯は、ほら、今やすごい晴れ舞台だもの! 学園としてもエントリーは強く推奨しているし、先生たちもいちばんだいじな活動だと思っているわ!」

「はぁ、なるほど」


 俺はかなり疑問を覚えたが、とりあえずはよしとしておいた。

 少なくとも、委員長らしくないという反応ではなかったから、それなら差し当たり問題はない。


「わかりました。俺の質問は、それだけです。それと、今のところとくに仕事がないのなら、俺はいったん帰ろうかと思います。終礼だけ出るというのも変ですし」

「それがいいわ! もしもまだつらいようだったら、しばらく療養してね。単位の心配ならだいじょうぶ、先生がなんとかするからっ」


 それはなんとかしたらいけないのではないだろうか。


「そ、それで……電甲杯のほうは、結局どうするのかしら。せ、先生、気になるなぁー。チームメイトとかは、ちゃんといるのかなぁー?」


 ちらちらとこちらを窺う先生に、俺は一礼して答えた。


「その点はご心配なく。――おそらく、内定が決まっているので」


 俺は退室して、次なる場所へと向かった。


 内定。

 それが本当に決まっているかどうかは、このあとでわかることだ。

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