14話 夏の昼の夢Ⅱ

 俺は、とくに驚きはしなかった。

 なぜなら、赤城さんが同じPCルームにいることは知っていたからだ。大会前日ということで、彼女もチームメイトと練習していたようだった。

 交流が目的の大会とはいえ、優勝チームには学園長から豪華な景品のプレゼントがあったから、みんなそれなりにはやる気だった。


「赤城さん」

「愛莉でいーよぉ。てか、亜熊くんだっけ? じみに初絡みじゃね。イェイ」

「赤城さん、さっきの発言の意味は?」

「さ、さらっとスルーするじゃん……」


 たはは、と苦笑いする赤城さん。


「やー、だってほら、昨日も石上サンといっしょにフォリピやってたじゃん? だから付き合ってんのかなーって。らぶちなの~?」


 らぶち? と俺は内心で首をかしげた。


「残念ながら、そういうわけではないよ。付き合っているという意味なら、たんに石上さんの練習に付き合っていただけだ」

「あれ? ふたりチームメイトだったん?」

「そういうわけでもない。ちょっとした偶然だ。石上さん、チームでやるゲームがあまり得意ではないようだから、少しでも慣れてもらえればと思って」

「? どして?」

「……どうしてと言われても」


 俺は困惑した。そう聞かれても困る話だった。


「石上さんはクラスメイトだ。そして俺は、クラス委員長だ。石上さんが学校生活で困っていることがあるなら、俺はなんであれ手伝うべきだ。俺の仕事は、クラスメイトをサポートすることだから」


 赤城さんがきょとんとした顔になった。

 その顔を見て、俺はあることを思いついた。


「そういえば赤城さん、瀬波十羽さんとは仲がいいんじゃなかったか」

「あ、トワ? うん、仲いーよぉ、もうほぼマブ」

「瀬波さんは石上さんと同じチームだ。たぶん問題ないとは思うが、もし機会があれば、石上さんに対して、可能なかぎり優しく接するように言ってもらえないかな。つまり、もしも彼女のプレイミスがあっても、極力フォローしてもらえるようにと」

「うーん……おっけー? でもあの子、格ゲー以外のゲームに興味ないし、この大会も一回も練習しないでぶっつけ本番とか言ってたから、味方がなにしてもなんも思わんし、なんも言わんと思うけど」


 それならそれで構わなかった。石上さんからしても、瀬波さんが先に脱落するような展開のほうが気楽にプレイできるだろう。

 俺がパソコンでスプレッドシートを開くと、赤城さんがふしぎそうに覗いた。


「え。まだ帰んないの?」

「ああ。まだ少しやることがあるから、委員会の」


 もう大会は前日で、ほとんどの作業は終わっていた。最後に残されていたのは、当日の段取りを最終確認し、クラウドに最新分をアップデートしておくことくらいだったが、それでも必要な作業だ。


「うわお、すっご。これは亜熊くん、委員長だわ。てかもう、いいんちょくんだわ」


 画面を覗いて顔をしかめると、赤城さんはくすくすと笑った。


「どういうことだ?」

「自分でもわかんないw でも、なんかそー思った! いーじゃん、筋金入りのいいんちょくん。おもしろいと思うよ。個性? があって!」


 PCルームの外から、愛莉ちゃーんと声がかかった。ふたりの女子生徒が手を振っていた。今行くー! と赤城さんは手を振り直した。


「じゃね~、いいんちょくん。がんばってねー!」


 ギャルは笑顔で去っていった。

 個性? と残された俺は疑問に思った。

 むしろ無個性になるべく、この委員長ロールにいそしんでいるのだが……?

 ともあれ、それが俺と赤城さんの初絡みだった。


 ちなみにその大会だが、石上さんのチームはなんと決勝リーグまで歩を進めた。

 惜しくも優勝は逃してしまったが、どうやら石上さんもゲーム内で貢献できた箇所があったらしく、彼女にとっては大金星の結果だったのだろう。

 俺はというと、チームメイトといっしょに一生懸命ステージを走り、そして普通に一回戦で敗退した。石上さんと練習していたときから薄々わかってはいたが、俺はあの手のゲームが苦手なようだった。

 もっとも、ゲームが得意というのは委員長のキャラにあわないから、それでまったく問題なかったのだが。






 ぱちりと、俺は目を覚ました。

 どれくらい寝ていたのかとスマホを見ると、ものの数分しか経っていなかった。


「――聞かなければ」


 俺は開いたままだった赤城さんとのチャット画面に、文字を打ちこんでいった。

 夢の啓示だ。それが正しければ、突破口がある。


『赤城さん』

『ひとつ、質問がある』


 向こうは授業ちゅうのはずだが、すぐに既読がついた。


『(血まみれのうさぎが首をかしげているスタンプ)』

『なにー?』


 俺は一瞬だけ躊躇すると、先を打った。


『今度の電甲杯、優勝できないとどうしても困るのか?』


 既読がつく。が、返信はなかった。

 俺は追伸を送った。


『事情については大丈夫だ。ただ、イエスかノーかだけで答えてもらえれば』


 二十秒くらいして、ようやく返信があった。


『うーん』

『いや、あのときはノリでああ言っちゃったけど、実際まじだいじょぶだよw』

『気にしないでってばよ!』

『(NARUTOのスタンプ)』


 俺は、そこに欺瞞を嗅ぎ取った。


『正直に答えてほしい。頼む』


 今度はたっぷり、二分も止まった。それからやっと、


『うん』


 とだけ返事がきた。

 俺は、ベッドのうえで大きく息をついた。


 ――これだ。違和感のもとは、これだったんだ。


 電甲杯。今やゲーム版の甲子園とさえ呼ばれる一大行事。

 その企画と開催は、ほかでもないうちの高校の運営母体が担っている。その関係で、LC学園からは、出場40チームのうち5チームまで特別枠が設けられている。

 つまり、参加を希望する生徒からすれば、立派な学内活動となるわけだ。


 クラスメイトの赤城さんが、そうした大事な行事について困っていて、クラス委員長である俺に助けを求めた。

 にもかかわらず、俺がにべもなく断ったせいで、俺の委員長システムがバグっていたのだ。

 俺は、なぜか突然委員長になれなくなったのではない。みずからの意志で委員長ロールを降りていたのだ。

 それに気づけないでいたとは、なんという愚かな話だ。


 解決策は、ひとつだ。

 もちろん、障壁はある。正直、かなりまずい障壁だとは思う。だが、俺にとって委員長であり続けることよりも大事なことはなかった。

 なにせ委員長でなければ、俺は翠以外のだれとも会話できないのだから。

 だから、俺は意をけっしてテキストを打った。


『赤城さん、俺と電甲杯に出てほしい。俺にできることなら、協力する』

『え⁉』


 と、赤城さんが驚いた。


『いやいや、だいじょぶだいじょぶ! いいんだってば、全然。気にしないで!』

『そういうわけにはいかない。今となっては俺のほうがお願いしたいくらいなんだ』

『ど、どゆこと???』

『放課後に話そう。今から、俺は登校する』


 俺は制服に袖を通した。

 わざわざ鏡に問わずとも、自分が委員長に戻れることはわかっていた。


 玄関を出ると、夏の陽が高かった。

 数日ぶりに、俺は晴れやかな気持ちだった。

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