13話 夏の昼の夢Ⅰ

 年を取ると、よく昔の夢を見るようになるという。

 俺はまだ十六だ。が、そのわりにはよく過去の夢を見るほうだ。理由はわからなかった。単にそういう性質というだけの話かもしれなかった。


 去年、俺が高校一年生のときだった。みずから委員長に立候補した俺は、イヨちゃん先生に言われて、クラスのみんなの前で挨拶することになった。

 簡単なコメントを残すだけの、べつになんてことのない挨拶だ。


 この眼鏡を見てもらえればわかるように、俺は中学でも三年間、クラス委員長でした(この掴みはわりとウケて、嬉しかった)。委員長の役割というのは、クラス内のさまざまなイベントが円滑に進むように手伝うことです。

 いうなら、クラスメイトみんなの学校生活をサポートする……ということになります。俺にできることなら協力するので、もし困ったことがあれば、なんでも言ってください。

 これから、よろしくお願いします。


 たったそれだけの挨拶だった。普通に拍手があって、普通に終わった。

 委員長としての仕事は、すぐにおとずれた。

 俺たちは学園の開校二期生だ。つまり、上の学年がひとつあるだけで、まだ全体の生徒数が少ない。ほかの学校よりも学年の結束を強めたいとのことで、学園側から、なにかいい感じの催しでもやってほしいという提案があった。

 それを受けて、俺を含めた各クラスの委員長が集まり、それぞれのクラスで募って来た案をもとに、イベントを考案した。

 企画はあまり難航しなかった。せっかくゲーマーの多い新設校ということで、ゲーム大会を開けば間違いないだろうということになった。

 学園側の出した条件は、全員参加だ。一般入試組の生徒も楽しめるようにと、タイトルは〈フォーリングピーポー〉に決まった。


 フォーリングピーポー、略してフォリピとは、かなりカジュアルなサバイバルゲームだ。

 サバイバルといっても、殴る撃つといった不穏な要素はなく、ミニキャラたちがてこてことゴールをめざして一斉に走り出すという、シュールな見た目のパーティゲームだ。これがなぜだか世界じゅうで人気を博していて、多くのストリーマーが配信していた。


 このゲームにはチーム戦がある。ルシオンと同じく三人ひと組となり、いくつかのリーグ戦をおこなって、最終的に学年一位となる優勝チームを決めるのはどうだろうかという話になった。

 この案は、すぐに学園側に許諾された。即日、PCルームにあるパソコンに、フォリピがインストールされた。さらには、トップ5までのチームには、学園長から豪華なプレゼントまで用意されることになった。


 企画が通ってからの準備のほうは、まあまあ忙しかった。

 俺を含めた五人のクラス委員長は、それぞれにある程度の役割を割り振って、各クラスのチーム分けと、リーグ戦の管理、勝敗結果とポイント集計を任されていた。大会の数日前は、学校に居残って作業する必要があるくらいには、仕事があった。

 しかし、俺には正規の仕事のほかに、もうひとつやるべきことがあった。


 それは、クラスメイトの石上由奈という女子にかんすることだった。

 彼女もゲーマー特進枠で、めずらしいことに、得意遊戯ゲームは〈テトリス〉だった。

 あのシンプルなパズルゲームで、石上さんは国内でも有数の実力者とのことらしい。


 問題は、石上さんが極度のアガリ症だったことだ。

 石上さんはとても内気な子で、チームメイトに迷惑をかけることを非常におそれていた。

 なにより、当人はテトリス以外のゲームはほとんどプレイしたことがなく、まったく自信がないのだという。

 それが理由で、彼女は出場辞退を申し出ていた。


 しかし、それはかなり困る話だった。

 うちのクラスは、総計で33人。3人ひと組だときれいに11チームが作れるが、ひとりでも欠けると、ふたりがあぶれてしまう。

 そういうわけで、俺は石上さんを説得することになった。

 そもそもお祭りの大会だから、もしもゲーム内で足を引っ張るようなことになってもだれも怒らないし、気分を害することもない――そういう説得は、しかし石上さんの耳には入らなかった。


「わわわわたしのチームメイト、瀬波さんと、東堂くんなんですっ。ふたりとも有名人だし、めめめ迷惑かけたら、わわわたしどうなるか……っ」


 まだ知り合ったばかりの生徒たちのための交流会ということで、チーム分けは運営のほうでアトランダムに決めていた。

 その結果、石上さんが引いた二名は、石上さんからすると非常におそろしい相手だったようだ。ふたりとも見た目が派手だから、そちらの印象に引きずられるかたちとなっていたのかもしれない。

 とはいえ、辞退されるのでは困る。

 第一、石上さんもゲームを楽しむべきだ。

 俺はしばらく考えてから提案した。


「練習しよう。開催まで数日あるから、ちゃんとゲームの仕様を理解して練習すれば、かならず足を引っ張らないレベルになるはずだ」

「で、でも……っ」

「PCルームに行こう。俺はゲームのことはよくわからないけど、それでも手伝えることはあると思うから」


 俺は石上さんを連れてPCルームに向かい、ゲームの練習をしてもらった。

 練習でも緊張するのか、はじめはまっすぐキャラクターを走らせることすら苦労していた石上さんだったが、やっているうちに、徐々にまともな動きになってきた。

 俺もフォリピの経験はなかったから、攻略動画を参考にしながら、石上さんにショートカットの場所を教えて、各ゲームに付き物の細テクを覚えてもらった。


 根気よく数日ほどがんばると、果たして練習の甲斐があったか、大会の前日には、石上さんは普通にプレイできるようになった。少なくとも、俺と組むぶんには。


「ごめんね、亜熊くん。わたしなんかのために、こんなに時間もらっちゃって……」

「いいんだ。それに大会には俺も出るから、俺もすごくいい練習になったよ」

「ありがとう。わわわたし、あああしたがんばるから……っ」


 勇ましい言葉とは裏腹に震えながら、石上さんはPCルームを出て行った。

 あの緊張ぶりを見るに、当日も平常心でプレイできるかは微妙なところだろう。

 もっとも、彼女が辞退しないでくれるというだけで、俺の目的は達成されていたといえるのだが。

 ちょうど石上さんが消えたタイミングで、俺は話しかけられた。


「ねーねー、もしかしてなんですけどー、おふたりはイイ感じの仲なんですかぁ」


 からかうような声に振り向くと、クラスメイトの赤城さんがいた。

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