17話 おお、勝利の美酒

 それでも、俺は自信を持って答えた。


「ああ、そう思っている。あれは、従来のFPSとはまったく違うゲームだ。キャラコンを含めたプレイ感覚、近接武器のインファイト、陣取りゲームとしての知略要素、バトロワにしては極限までなくしている運ゲーの要素……どれを取っても、ルシオン以上の対戦ゲームはない」

「あたしも、完全に同じ意見。……なんか、嬉しいなあ」

「なにがだ?」

「……やー、その。いいんちょくん、間違いなく実力者だけど、ちゃんとそこまでわかったうえで、あのゲームやりこんでるんだなって伝わったから。でも、そだよね。ルシが神ゲーだってわかってないと、あんな神プレイできないもんね」


 自分の言葉に、赤城さんはうんうんと納得するようにうなずいた。


「その、赤城さん。もしよければ、ひとつ聞かせてもらっていいだろうか」

「なに?」

「赤城さんが電甲杯で優勝しなければならない理由だ。できれば、聞いておきたい」

「……ま、そだよね。せっかく協力してくれるんだもんね、知りたいよね」


 そこで赤城さんは、なぜだか渇いた笑い声を出した。


「でも、聞いたら幻滅するかもよ? いいんちょくん、あたしと組む気なくすかも」

「そんなことはないと思うから、ぜひ言ってみてほしい」

「……あたしね――じつは、所属チームをクビになりそうなんだ」


 えっ、と俺は声に出して驚いてしまった。

 赤城さんの所属というと、まさしくさっき言ったQuiet Girlsか。

 かなり大きなストリーマー事務所の所属グループだ。


「あたし、さっきも言ったけど、ルシオンがほんとに好きなの。だから、ほんとはね? ストリーマーとして活動するんじゃなくて、できれば競技シーンに行きたいなって思っていて。……たいそーな目標だってことは、わかってんだけどさ」


 赤城さんは恥ずかしそうだったが、俺は真顔で聞いていた。


「その裏返しというか、これはかなりあたしが悪い部分もあるんだけど、最近はオーナーとゲーム活動に対する温度感が、けっこう違っちゃっていて。それでこないだ、とうとうオーナーと揉めたんだ。『お前はプロじゃなくてただのストリーマーなんだから、自分の立場をわきまえろ!』って、怒られちゃってさ」


 表向きは元気そうに見えたが、裏ではつらいことも経験しているらしい。


「あたしも、ほら、あんまかわいい性格ってわけじゃないし、けっこう反発しちゃって? 結局、どういう話になったかっていうと、あたしが有名な大会で結果を出したら、考えてやるってことになって……」


 なるほど、と俺は合点がいった。

 有名な大会。それで電甲杯というわけか。

 たしかに、電甲杯は年齢制限こそあれど、むしろそのせいで脂ののっている若手プロが参加する。規模感も国内最大クラスだし、申し分ないだろう。


「しかも有名プレイヤーとは組まないでやるとか、そういう条件もあってさ。オーナーからしたら、無理難題を吹っかけてこっちに折れてもらうつもりだったんだろうけど、あたしも、売り言葉に買い言葉ってゆーか、その条件、飲んじゃったんだ。だから、今年の電甲杯はチャンスで、どうしても勝ちたくて……あは、自己中ジコチューな話でしょ」


 赤城さんは、自嘲ぎみに笑った。


「とにかく、そういうわけなんだけど。いいんちょくんはさ、それでもいいの? こんなあたしと組んで、大会に出てくれるの?」


 その質問に、俺は少しのあいだ黙った。

 ほんのちょっとした違和感——それが、俺の脳をかすめる。

 だが、俺は気にしないことにした。


 クラスメイトの赤城さんが困っていて、委員長の俺に助けを求めている。俺にとっての争点は、それだけだ。

 だから俺は、ゆっくりとうなずいた。


「……そっか」


 赤城さんは、残っていたメロンフラペを飲み干した。

 かなりいい飲みっぷりだった。

 意をけっしたように、赤城さんは言った。


「わかった。いいんちょくん、いっしょに出よ? 電甲杯。で、優勝しちゃおっか」

「助かる。ありがとう、赤城さん」

「……ぷっ」と、赤城さんは笑った。「やっぱ、変! 逆だし、ぜったい!」


 逆でもなんでも、俺は救われる話だった。

 さしあたり、俺はいつもの委員長に戻ることができた――。

 それだけで、今の俺にはこれ以上ないというくらいの充足感があった。




 外に出ると、夏の暑さが俺たちを迎えた。甲子園と同じ時季にはじまる、電子のスポーツ戦は、冷房のついた室内で戦えるが、過酷であることに違いはない。

 対策を練り、作戦を立てなければ。

 なにより、それ以前の問題もある。


「決めなきゃいけないことがあるのはわかるよね、いいんちょくん」

「ああ」

「肝心の、@1あといち!」


 赤城さんは、ルシでフルパーティを募集するときの言い方をした。

 そう――残りの一名を決めるのが、なによりも先決だ。


「じつはさ。先週、いいんちょくんを誘ったときに、すぐにチームが組めるように、あたしSNSで募集かけといたんだ。LCの生徒で自信あるひと、あたしにDMモトムーって」

「成果は?」

「悪くなかったよー。けっこう、何人もきた! 最低でもマスターは踏んでいるひとがいいんだけど、ルシのランクは低くても他ゲーのプロとかだったらじゅうぶん強くなれるだろうし、迷うところだなぁ」


 どうやら引く手あまたのようだ。

 さすがは赤城さんといえる。有名ストリーマーの彼女と組みたいひとは、たくさんいるだろう。


「まあ、あれから時間が経って、もうべつのチームでエントリーしちゃったひととかいると思うけど、もっかいあたしから連絡してみる! さっそく明日の放課後に、面接……は、変? なんていうんだろ?」

「んー。選考とか?」

「そう、それ! 選考しよっか。で、組みやすそうなひとみつけたら、さっそく猛練習! で、優勝だー!!」


 いえーいと言ってくるくる回る赤城さんは、まだ夕刻にも達していない代官山の往来をゆく人々の視線をおおいに集めていたが、そんなことも気にならないようだった。

 このときの俺は、テンションの高まるクラスメイトの女子を、やけに穏やかな表情でみつめていたわけであるが――。


 その翌週には、その余裕が完全にうしなわれることになるとは、まったく予想だにしていなかった。

 振り返ってみれば、この電甲杯という大会をめぐる日々で、俺は人生のままならなさというものの断片を学んだように思う。



 ——予選開催まで、残り一週間。

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