最終話

 ついにバンメンが揃った僕たちは、音合わせのために顔合わせをした。そのころには僕はすでにFコードをはじめ、課題曲に含まれるコードのすべてを自在に押さえられるようになっていた。


 音合わせを終え、みかささんは突然こんなことを言いだした。


「そういやウチら、なんてバンド名なん?」


「そういや……リーダーの唯音は伝え忘れてただけで決めとったとか?」


「名前はまだない」


「あれ、この前の国語のテストで見た気がするばいその1節。永くんとみかささんは覚えとらん?」


 バンド名をきめ忘れていた。盲点だった。


「永はなんかアイディアなか?」


「さてね……泰造は?」


「えぇ……激ピュアとか? みかささんどう思う?」


「未練タラタラじゃんか」


「みさかさん決めてよ、僕も永も、泰造くんも、ロックを演(や)るバンドのセンスとか分かんないし」


「んじゃあ……IV(クアトロ)とか……?」


「赤い彗星の偽名の1つかい?」


「それは知らんけど……意味は4。4人だし、いいんじゃないかなって」


「英語にした方がそれっぽいしよかっちゃない?」


「唯音くん、これイタリア語」


「え、そうなのみかささん……」


 さっきから、みかささんと話がうまく噛みあわない。そう思っていると永が呆れた顔をしていた。


「お前本当に英語ダメだな」


 泰造も、苦笑しながら畳みかけてきた。


「やっぱり唯音くん英語苦手なんだね。この前課題曲のこと『アイム・ガナ』じゃなくて『アイ・ガナ』って言ってたの気のせいじゃなかったんだ」


「Be動詞とか……難しいんだよ! もーう!」


 そんなこんなで、特に名前にこだわりがない僕たちはIV(クアトロ)と名乗ることにした。


 とにかく、その名前で僕たちはエントリーした。

 泰造が抜けてメンバーが不足したガチピュアは辞退し、1週間後に残っていた僕たちが自動的に文化祭で演奏する権利を得た。


 それを報告するとお母さんは喜んでくれた。涙を流すなんて、まだそんな歳でもないくせに、涙腺ゆるゆる過ぎんだろ。

 ありがとな母さん。


 それから僕たちは吹奏楽部と合同練習を始めた。ロックテイストの曲とオーケストラが融和するのか不安だったが、重厚感と疾走感は存外に共存するらしかった。


 思えば、Almeloに多大なる影響を与えた日本音楽会の重鎮でありV系の創始者であるEXE(エグゼ)Japanは、激しく攻撃的なバンドサウンドと、美しく繊細な旋律をピアノやオーケストラで表現する唯一無二の楽曲を生みだしていた。


 EXE Japanやそのメンバー2人がリーダー格を務めていたバンドは当初は批判が耐えず、関東三大ゴミバンドという不名誉極まりない烙印を押され、酷評されていた。輝く素質があるから、努力を放棄し運に見放された人々に貶され、中傷されるのだ。


 陰キャや引きこもり、非モテやアニヲタがカッコ付けることを、きっと誰かは罵るだろう。もしかしたら、イジメられるかもしれない。

 でもそれは、僕たちが輝ける主人公(ヒーロー)だからだ。モブの声なんて知ったこっちゃない。



 それからはあっという間だった。

 練習の日々、みかささんは持ち前の音楽のセンスで、バンドのサウンドを際立たせるオーケストラの楽譜を書きあげた。そして練習を主導し、青春を謳歌しているようだった。


 永は吹奏楽部のハーレムの中で、LINEを交換しまくっていた。きっと文化祭のあとブロックされるだろうが、今は浮かれさせておこうと思う。



 そうして迎えた文化祭当日。フロントマンとしてギターの音をかき鳴らしながら僕は1息に叫んだ。


「進路とか成績とか下らねぇことに頭抱えて眠れねぇ夜にオサラバしようぜぇぇ!」


 ギャラリーの歓声は最高潮を迎えた。

 僕はみかささんに目配せして、叫んだ。


「それじゃあ皆さん聴いてください!」


「I'm gonna be a hero!」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

アイ・ガナ・ビー・ア・ヒーロー 唯響(いおん) @suikabaa0style

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ