第9話 勝てない奴には逃げあるのみ?
やばいやばいやばいやばいって!!」
全速力で階段を駆け抜ける接名の後ろで、鳥居の壊れる音が響き渡る。地面をならしながら踏み歩く巨躯は接名目掛けて走り、食らいつくす勢いで追いかける。
接名は心の中で、己の不注意と慢心を呪った。マークからの忠告に従ってそのまま山を下りる事に専心していたら、今頃は街の方に帰れていたかもしれない。よしんば帰れずとも、こんな風に追いかけられるなんてことはなかったはずだ。そして、こんな化け物相手に、少しでも役に立てると考えが、どれほど浅慮なものなのかを、背に受ける恐怖が身を持って教えていた。
「おい、なんだあれは?」
どもったような声が腕から響き、強い怒りを持って問い掛ける。
「星遺物だよ!空から降ってきたってやつ!!分かんない!?」
「違う!なんでこいつがここにいるかと聞いているんだ!」
「そんなの僕だって知らないよ!」
怒鳴り合うようにして上がる大声を遮るようにして、大熊の爪が接名へと襲い掛かる。
「ッ!!」
その衝撃で浮き上がった体を回転させ、鳥居を飛び越えて地面へと着地する。突き刺さった爪が深くまで入り、動けずにいる大熊を尻目に一目散に走りだす。
「おい、接名。なんであいつを倒しに行かない。動きが止まってチャンスだったろ」
「無茶言わないでよ!僕魔道が使えないんだよ!?」
「何‥‥‥?」
「そうだよ、使えないんだよ!何か悪い!?」
疑問符を浮かべる手錠を揺らしながら、接名は声を荒げる。
「‥‥‥なるほど」
何かを思いついたかのような、含みを持った答えに接名は問い掛ける。
「‥‥‥もしかして、何か思いついた?」
「ああ、あのデカブツをスクラップにする方法をな」
やけに自信に満ちた回答。
「ど、どうやって?」
興奮ぎみに聞き出す接名に、手錠は冷静に答える。
「お前の体を貸せ。そうしたら、お前の魔力を使って力を発揮できる」
「え、君魔道使えるの!?手錠なのに?」
「こんななりでもな。あいつを壊せるだけの力はあると保証してやる」
「そんなこと出来るの!?」
「ああ、お前の魔道が使えない体質は、おそらく精神における問題であって魔力の多寡ではない。むしろ、私の力を使う事においてはそちらの方が都合が良い。体さえ貸してくれれば、あいつを壊すことくらい訳じゃない」
その断言された言葉に希望を見出して、接名は決心を固める。
「よし、それならぜひ、僕の体を」
「まあ、よしんば倒せたとしても、お前は死ぬだろうけどな」
「…‥‥‥え?」
その固めた決心を、いとも容易く壊すのは絶望に満ちた推測だった。
「な、なんで!?魔力を使うだけなら、人が死ぬわけないじゃん!」
「ただ魔力を使うならな。だが、私の魔道には炎の性質も含まれている。それに耐性の無いお前の体から炎を発揮すれば、燃え尽きて灰になる、ということだ」
告げられた言葉を返答しようとしも、そのための呼吸が出来ない。流れる汗がどんどん冷えていって、つま先まで凍っていく感覚が恐怖をより駆り立てていく。
「それで、どうする?私はあいつを倒したい。いますぐスクラップにして、塵も残さずに消してやりたい気分だ。だが、それは私の事情だ。‥‥‥なぜ繋がり合ったのかは私も知らないが、名前は知った仲だ。お前の意見を尊重してやる」
「‥‥‥僕は」
「‥‥‥!!おい、避けろ!」
その言葉に従って反射的に体を逸らすと、元居た場所に大きな衝撃が走る。舞った砂塵が過ぎ去ると、そこには黒色の巨躯と、地面を抉った爪痕が痛々しく残っていた。
「ヤバ、」
後ずさって距離を取ろうとして、空の地面を切る。後ろを振り返ると、でこぼこの傾斜へと落ちたことだけがわかってしまう。
「え、ちょ、まっっっっっ、いだだだだだだだ!!!」
受け身を取るのもままならずに、部揃いに生えた枝木や棘の生えた雑草に当たりながら転がっていく。その回転が終わりを迎える頃には、接名の体はあざや擦り傷でいっぱいになっていた。
「痛った‥‥‥」
「おい、無事か?」
「何とか‥‥‥っ」
すぐさま動こうとして、足の痛みに思わず呻く。
「‥‥‥う、動けない‥‥‥」
激しい痛みに足は思うような身動きが取れない。そんな接名を斟酌などせずに、大熊座は向斜を物ともせずに踏破して舞い降りてくる。
「おい、早くしろ!このままじゃどっちみち死ぬぞ!!」
迫られた選択の裏で、接名の脳に浮かぶのは、少し先の未来。もしこのまま街まで逃げきれたとして、この怪物が追いかけ続ければ、他の人に被害が及ぶかもしれない。だが、それは自分が殺されたとしても同じなんじゃないのか。そもそも、この足で以てして、逃げ切ることなど不可能ではないだろうか。それだったらこの場で命に換えても倒すべきではないのか。自己犠牲で、たくさんの人が救えるのなら、あるいは。
「‥‥‥嫌だ」
浮かべた身綺麗な自己犠牲から背を向けて、接名は必死に立ち上がる。
「まだ、死にたくない」
弱弱しく吐かれた言葉。それでも、接名は前を向く。
「僕には、まだ」
夜の恐怖を煮詰めたような真っ暗な巨躯を前にして、その在り方は真っすぐなままだった。
「まだ、やりたい事とか、見たいものがたくさんあるんだ!」
甲高い声明を挙げて、大熊座を前に啖呵を切る。その声を切り裂くように、大熊座は接名へと真っすぐ向かっていく。
「まったく。そう思ってるなら、危ない橋は渡るなっての!」
大熊座の頭蓋を打ち砕く光弾は、空気を裂く音共に放たれた。軌跡を辿る先には、いつもの黒縁の眼鏡がやけに光って輝いて見える。
「よく逃げきった。後は任せろ」
「───マーク!」
銀色の拳銃を握った友人が、普段よりも凛々しく見えたのは、いつも以上にかっこいいからだろう。
蛇と鎖と男女な貴方 T@SK @koishisuikei
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