いとしの寅次郎

ヲトブソラ

いとしの寅次郎

いとしの寅次郎


 ひとが苦手なんじゃない。内輪ノリや無意味な強要、話していないと間が持たないと喋り続ける誰か、それらが大嫌いなだけだ。だから、特定のひととは群れない、群れたくない、面倒臭いから………そんなぼくの学生時代のあだ名は“スナフキン”だった。ぼくはスナフキンのように格好の良いものではない。彼は現実の中に生き、疲れればムーミン谷に息抜きをしに行く。ぼくからすれば、自分を知っていて、かつ折り合いをつけながら戦っているように思う。


「じゃあ、寅さんじゃない?」

「寅さん?」


 寅さんという人物を知らなかったぼくに彼女は驚き、その半年後に去っていった。ぼくは“恋人”という関係においても上手くいかない事が多いのだ。恋人になるまでは、とてもぼくに興味を示し、理解をしようとしてくれる。安心して付き合ってみると、ある日を境に“変人扱い”だ。全くもって社会に馴染めない訳ではないが、生きにくさを感じているという苦しさが恋人の距離になると抜け落ちるらしい。


 寅さん。


 寅さんならこういう時にどう思うのだろう。笑いに変えて場を和ませ、夜になって、皆が寝静まった時に、ひとりで月を見て泣きそうな顔で泣かないのだろうか。彼はスナフキンと違い、そもそも戦う気が無いように思う。ただ、自分が生きていける場所がなく、みんなとも違うのは分かっているから、迷惑をかけないように定住しない。帰るべき場所もあれば、恋もする。だけど、自分と家族を守るために家には帰らないし、恋が実らなかったとしても誰も責めない。また笑って失恋を受け入れ、また好きになった人を応援して見届けると、ふらり旅に出て、次の恋をする。


 寅さんを知ってから、彼がぼくの憧れになった。


 誰かを嫌う事なく、誰も憎まず、自分も責めない。安住の地を探すのではなく、根無し草。もしかすると放浪するという事自体が、彼の“居場所”や“安住”なのかもしれない。身体の、というよりは、こころの居場所だろう。


 今夜も飲めないお酒を友人と飲み、足元をふらふらにしながら家に帰って、ひと息吐くぼくを寅さんはどう迎えてくれるだろうか。


“ようボウズ、生きにくいか?生きにくいなら生きやすい場所を探してみたのかい?”


 そう笑われて“おいらのようになるなよ”と注意されるのがオチなんだろう。“変人”のぼくが生きやすい場所は、こころ次第という事なのだろう。


「そういう事ですよね、いとし、寅次郎……殿?」


おわり

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

いとしの寅次郎 ヲトブソラ @sola_wotv

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

参加中のコンテスト・自主企画