第16話 真の黒幕は? 予想外の人物になりすましていました
王后陛下の意識は、カタリナさまの肉体を乗っ取っている。わたしは、そのように思い込んでいた。
「卑怯な……」
目の前に立つジブリールさまが、怒りに任せて魔法を発動させかねない。
この状況をあざ笑うかのように、
「驚いたかね。予想が外れて」
くぐもる声が、わたしの耳元をかすめた。
「そなたの肉体に取り憑くとは」
「この体を乗っ取るための去勢よ」
「何だと」
ジブリールさまを始め、この場に居合わせた全員が、ハンスの独白に驚く。
「切れ者のそなたを騙すなら、凡夫を隠れ蓑にしたら、愉快ではなくて?」
声高らかに! 女性の笑い声が、両方の耳をつん裂くように響いた。
「さすがの私でも、王族に施された『守護の洗礼』を破るまでにはいたらなかった」
王后陛下は、我が子の意識のみを操っていただけ。
要するに、魂の本質はハンスの中にいた! ってことよね。
「うそでしょ? 母上さま?」
傀儡の呪いが解けて、元に戻られたカタリナさまが、青ざめた面持ちでうろたえる。
「役立たずめ! そなたに、母などと呼ばられる筋合いはないわ」
我が子すらののしる、しゃがれ声のおぞましさよ。
わたしは恐怖に苛まれながらも、首に絡む腕をふりほどこうと、隙を突いての抵抗を試みる。
「余計な真似をするではない!」
しかしながら、女子の力でもがいても、到底、叶うはずなかった。
「それより。このたびの陰謀だが、動機はなんだ?」
そうよ、こんな回りくどいやり方。要領を得ていないにも、等しいような。
「この者の父親が、私より不出来な妹を選んだから」
「はあ……?」
それだけのために、カタリナさまを苦しめたと言うの?
「跡取りだから、クイーンズカレッジへの入学を阻まれたわ。同じ頃、父方の祖母が病で伏せたから、看病のためにですって……。私だって学寮に入り、教養を深めたかった」
ジリジリ、わたしを道連れにしようと、ハンスが出口に向かって後ずさる。
「あの男は……ハンスの父親はね。領地経営で窶れた私よりも、教養に秀でた妹が好ましいと宣ったのよ」
婚約者や妹を嗜めるべき立場の侯爵夫妻は、後先考えもせず、後継者から彼女を降ろした。
「私の婚姻に、始めから王命などなかった」
偽りを吹き込まれたと、気づいた時には、カタリナさまを孕っていたのだとか。
「でも、天は私を見捨てはしなかった。侯爵家を滅ぼす手立てを授けて下さったのよ」
ジブリールさまと兄の顔色から、血の気が失せていく。
「まさか、ニエライトが浄化石の役目を全う出来ないことを……」
「ええ、知っていたわ。私が看病を押しつけられた祖母は、そこそこ、名の通った魔道士だったから。とっくの昔にね」
誰もが驚きを隠せない。もしも、ニエライトの毒性化の条件を、もっと早く把握していたら……。
エヴァンジェリーナを始め、多くの命を救えたはず。
つまり、犠牲者を減らす機会を、王后は握りつぶした、と言っても過言ではない。
「よくも! 姉上を見殺しにしたな」
兄が悔しさを滲ませて、わたしたちの方へとにじり寄る。
「なんとでも、ほざくがいい!」
大針がわたしの首に刺さるまで、あと一寸ほどもない。
「特定の野草と反応して、魔石に変化すると聞かされていたけど、防ぐための方策は知らなかっただけよ」
ニエライトの魔石性を、長きに渡り放置した理由は、実家を滅ぼすためだとか。
王后陛下による、衝撃的な告解を聞いて、
「そんな……」
カタリナさまが嗚咽を交えながら、ガタッと膝から崩れ落ちた。
「わたしだって、我が身の分身を犠牲にしたのよ」
「まさか、御子が流れたのは……」
「あんな、無能な男に跡取りの男子は必要ないでしょ?」
残酷な事実を吐き出すと、勝ち誇ったように笑い転げた。
実母を失ったサミュエルの身の振り方について、国王が悩んでいた時、我が子の身代わりに引き取ったのも、侯爵家の取り潰しの連座を避けるため。
ロンヴァルディア帝国の皇太子と、カタリナさまの婚姻を盾にして、ニエル領の一部持参を国王陛下に認めさせる、必要があったから。
「サミュエルのやらかしを最大限、利用させてもらったわ。おかげで、憎き敵を全員、野垂れ死にするように、仕向けてやれたのだから」
最後の仕上げがカタリナさまの輿入れだった。
「私……帝国になんか嫁ぎたくなかった」
「知るかッ! せっかくの王国乗っ取り計画が、ダメになってしまったわ」
持参領としてニエル領を与えたのは、カタリナさま所生の皇太子が、帝国軍を動かしてオクシタニア王国を併合させる野望の、足がかりとするためとも。
「ついでに、娘ではなくて甥の体を乗っ取った理由だが」
皇太子の傅役となり、外孫の意識を操りたかったと。聞くに耐えない、残虐非道を極めた悪事の独白に、わたしは立ちくらみすら覚えた。
「あんな出来損ないの妹でも、私の悲願実現のため、最上の捨て駒を生んでくれたのに」
「これ以上、罪を重ねてはならない」
ダメよ! ジブリールさま。話の通じる相手ではなくてよ。
「お前たちのせいで、全部ダメになったじゃないか!」
荒々しい怒号が雷鳴と重なる。王后の持つ大針が、わたしの喉に突き刺さろうかと、寸前のところで天窓から閃光がふりそそいだ。
「エスメラルディーナっ!」
さようなら、ジブリールさま。わたしは目を閉ざして、絶体絶命を覚悟した。
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