第15話 弔いの鐘が、敵の野望を挫くのです。

 森の木々を倒さんばかりの嵐が、早朝から吹き荒れている。北方の領地にのびる街道傍の、漆黒の森に分け入った場所。そこは、オーモンド公爵家の霊廟があった。



 弔いの鐘が重くのしかかる中で、ヴィルヘルムさまの葬儀がしめやかに執り行われている。人の命とは、なんて呆気ないのだろうか。


 神官さまが聖別執行のため、故人への哀悼の意を述べる。弔いの列に連なる者たちの誰もが、ヴィルヘルムさまの人徳を偲んだ。



「彼のご友人さま方。最後のお別れになります」



 ヴィルヘルムさまは、帝室の籍を抜けた身の上。オーモンド公爵を後見人に立てて、オクシタニア王国の貴族籍に入ったばかりだった。


「ヴィル……さようなら」

「さぁ、行きましょう。ローザ」


 せっかく、お似合いの二人だったのに。わたしの目の前で、義姉のマデリンがローザの肩をさすりながら、柩の側を離れた。



「齢十五だそうだ」

「婚約止まりなら、御子はいなかったか……」

「貴族たる者でありながら、はしたない真似はご遠慮いただきたい!」



 口さがない不届者らに対して、兄が直に忠告を申し渡す。


「失礼……」


 背後から届く咳払いをふり切って、わたしは手向の花をヴィルヘルムさまの枕元に預けた。



 表向き『急なる病につき』としたゆえに、帝国側の外交官たちの参列は見送られたのだとか。オーモンド公爵家の縁戚者の身分で、王国で最も歴史ある墓地に亡骸を埋める手筈となっている。


 執事長が息を荒げて、弔いを仕切る公爵の元にはせ参じた。



「王女殿下からのお悔やみになります」



 公爵の耳元で執事長がささやく。


 わずか、数分も経たずに、王女殿下のご一行が、厳かな祈りの場に割り込む。遥か後方から、乾いた足音が響いた。



 ローザの肩をさするエメルの脇を、ジブリールにエスコートされたカタリナがすぎ去る。祭壇へ向かうカタリナの後を、うら若い女官たちが続いた。



 ーーハンスは連れていない?



 わたしは瞳のみを一回り。視界が把握する限り、かつての婚約者の姿はない。まぁ、例え王女殿下の近縁者であろうと、貴族籍を失った彼が、公の場に立つなんて許される訳ないわよね。


 気丈にもたローザは、柩の安置台へと向かう。



「王女殿下にあられましては」



 仮に、わたしが彼女の立場だったなら、あんな風に挨拶に伺うことが出来るかしら。


 一部始終を見守る中で、カタリナさまの横に並ぶジブリールさまが、

「咎人は、明日の日の出に処刑します」 

 確固たる意志を口にされた。



「そうなると、アジュール公爵家については? 如何様になさいますの」

「子息の処刑に続いて、公爵家の取り潰しとなる手筈です」



 ジブリールさまの説明に、カタリナさまの口元が俄かにゆるむ。まさか、わたしを挑発するため?

 左右に座る相席者の表情から、王女殿下の不適な行為に気がつく様子はない。



「王女殿下」



 礼拝堂の右手にある小さな扉が開く。飛び出た相手の姿に、わたしの胸底から恐怖が首をもたげる。あの日より、体のたわみの増したハンスが、カタリナさまの側に駆けつけた。


 色味に乏しい、ハンスの目がわたしに向けられる。



「シ……私は」



 声のする方へ。ハンスがふり向く先では、片側の瞳から涙を滲ませる、カタリナさまが来た道とは反対へと進み出した。



 何かがおかしいような? 異様な事態に陥り、場を諫めようと、ジブリールさまが王女殿下を、背後から羽交締めにする。



 険悪な空気を変えようと、

「エスメラルディーナ嬢よ。鎮魂の調べを」

 わたしに命じられた。



「はい」



 公爵家の従僕が竪琴を手にやって来る。それを受け取ったわたしは、ジブリールさまの所望された曲を奏でた。



「主よ! かの者の聖霊を、天上の橋のたもとに還らせたまえ!」



 余分な雑念を振り払い、わたしは弦を爪弾く。すると、信じられないことに、柩の中で目を閉じていたヴィルヘルムがムクリと起き上がった。



 ええと……どなたか、状況を説明して下さるのかしら。



 失神した王女殿下の身柄を、ジブリールさまが抱き留める。かよわい王女に取り憑いた邪霊は、消え去ったかに見えた。



「カタリナさま」



 息を切らせながら、件の従僕が祭壇側に駆けつける。



 頭をおおったフード払いのけると、

「シモンさま?」

 目を見開く、カタリナさまを助け起こした。



 さっき、これを届けてくれた従僕って、シモンさまの変装だったの?



 シモンさまの手を取り、カタリナさまはすくっと立ち上がる。白い頬を薔薇色に染めて、恥じらいを見せるご様子から、先ほどまでの邪悪なる気配は、どこ吹く風とばかりに失せていた。




「そうそう、忘れていたけど、僕から大事なことを伝えたいんだ」

「ヴィル?」




 ぐぐもった音声でヴィルヘルムさまは、

「僕がここに来る直前、一番上の兄が廃された。皇位は次兄が継ぐけど」

 口火を切られる。



 なんなの! 降ってわいたような、ご都合主義な展開は……。



「実は相思相愛の婚約者がいてね。これが出来た令嬢なんだよ」



 ぐっ……平凡なわたしが、全くもって不甲斐なく見えてしまいそう。


「つまり、王女殿下のご婚約は」

「有り体に言うと、なかったに等しいかな」


 肩をすくめて笑うヴィルヘルムさまを前に、

「二人の誓いが叶うよ……」

 ジブリールさまが祝福を述べようとしたら。




「なんで、お前たちばかり、愛だの恋だのと叶うのかなぁ……」




 突如、背後からわたしの首に長い腕が張りつく。怨嗟の声と絡みついた腕の野太さに、わたしは足がすくんだ。



「エメルっ!」

「黙れ、盗人どもめ」



 ハンスはわたしの首筋に大針を突きつけながら、唖然としたまま立ち尽くす人々を眺めて、激しく罵倒した。

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