あなたが、『黒幕』なのですか?

第9話 あれから、また従姉妹と話し合った結果にございますが

 あれから一週間が経過。朝の日射しも暖かみを増している。庭の噴水から青空めがけて、小鳥たちが飛び立った。



 おっと! ぼんやり外を、眺めている暇などなかったわ。



 ここは、卒業パーティーのあった離宮! わたしはホールから二階へと上る途中だったりする。


「以外にも、呆気なく潜入出来ちゃうなんて……」


 感慨に耽る訳にもいかず、わたしは階を駆け上がった。



 お妃教育の真っ最中なれども、ローザと話し合った結果、

『真の敵は、王甥殿下の側にいるはず!』

 ほとんど、根拠に乏しい彼女の推論に則って、わたしは探りを入れることにした。



 髪を後ろに一つ束ねて、男の子の衣装を着ただけなのに、すれ違う誰もが、わたしだと気づく者はいない。


 今のところ、潜入はいたって順調だった。



 ジブリールさまは現在、回廊を抜けた奥まった場所、すなわち『王の寝室』に逗留されている。



「はず……だよね。こっちで間違いないかしら」



 あれほど、離宮の見取り図を頭の中に叩き込んだのに、目的地まで一向に辿り着く気配がない。


 二階にある王の寝室まで、さほど時間を要さないはずだけど……。こんな時、迷子になってしまったら、『小姓』に扮した意味がないわ。



「とにかく、意識を集中して……」



 ジブリールさまの『魔力』の気配を探るのよ。緋色の絨毯に足を忍ばせて、突き当たりを右に折れた時だった。



「つ……いた……」



 一際、大きな王家の紋章よ! 間違いないわ。


 腰に着けた銀時計の針は、タイムリミットの三分前を差していた。


「落ちつくのよ」


 姉の死の真相を含めて、解決の糸口を掴めたらいいのだけど。さざなみのように押し寄せる不安を抱えたまま、双頭の飛龍を描いた扉を叩いた。


「失礼します」


 返事が来るまでの間、普段は身につけることのない衣装の襟を糺す。



 ローザ仕込みの特訓の効果だろうか、

「入りたまえ」

 咎められることなく、ジブリールさまのお許しが得られる。



 わたしはまっすぐ、文机のある方へと進み出る。

 と……りあえず、片膝をつけたらいいのよね!



「そなた……?」

「王甥殿下に……」



 あら、いけない! ちょっとばかり、声がくぐもってしまったわ。


「待ちなさいっ!」


 突如、ジブリールさまから待ったの声がかかる。一応、『小姓』らしく、礼儀を示したはずなのに。



「エ……メル」

「はい」



 愛称呼びに釣られて面を上げたら、

「何の冗談かね」

 ジブリールさまは、眉をひそめてつぶやいた。




「わたくし、本日より殿下の小姓の役目を仰せつかりました。エリオル=デメテールにございます」

「いや……そうか」




 やったわ。身バレしていない。


「オーモンド公爵家のご令嬢より、悪知恵でも授かったのかな」


 あれ? 図星すぎて何も答えられない。うーん……最初から無理のある設定だったのよ。わたしが『小姓』を演じるとか。


 頬杖をつきながら、呆れてモノも言えないのかしら? ジブリールさまは、重苦し気なため息をこぼす。



「立ち上がって、そこの椅子に座りなさい」

「あの……」

「ここから、そなたをつまみ出すべく、衛兵を呼び寄せるまでだが……」



 あっ……ジブリールさまが怒っておいでだわ。

「仰せのままに」

 重い足取りで、わたしは小さな丸椅子に腰かけた。


「体の加減は如何かな」

「すっかり、本懐いたしました」 


 なるべく、作り笑いにならないように。自然な微笑みを心がけたら。


 ジブリールさまは、手にした羊皮紙を置いて、

「小姓がいかなる雑事に従するものなのか。ご存知かな」

 小声でつぶやいた。



「ええと」



 やだわ……重大なことを忘れていた。と言うよりも、身なりと言葉遣いに気を取られていたから、肝心なところが抜けたじゃない。


 しどろもどろ、うろたえるわたしを横目に、ジブリールさまがクスリと笑った。


 悔しい以上に恥ずかしい。でも、ジブリールさまの優美な微笑み。ああ、なんて素敵なの!



「これより、王宮へ参上いたす。ついて来なさい」

「はい?」

「まあ、このたびは、その姿のままでよしとする」


 ああ、小姓として、参内に随行すればよろしくてね。



「仰せの通りに」



 身支度を手伝うべく、わたしはジブリールさまの跡を追いかけた。


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