これより、王国をゆるがす『陰謀』に立ち向かいます

第13話 本日は、伝統ある『園遊会』にございます

 時間とは思いのほか、光の如くすぎ去るもの。

 

「行きましょう」

「ええ」


 とうとう、園遊会の当日を迎えた。



『王女殿下のご登壇にあられる』


 

 王家を代表して、カタリナさまの挨拶が始まる。ローザにも勝ると劣らない、淑女の礼を示した後、ジブリールさまのエスコートを受けて歩き出す。


 演壇に立つ姿は、古の女神にも引けを取らぬ、まばゆいばかりの美しさ。挨拶も一言一句、詰まることもない。


 高揚を抑えた流麗な声色に、周りの紳士淑女たちは恍惚の表情を浮かべて聞き入った。



「ちょっと! 離れなさいな」

「あら、いいじゃないの」



 ジブリールさまの魔法が施された、ローザの手鏡を通して、庭園で移ろう場面を把握出来るとは! 感動しきりのわたしを横目に、ローザは眉をひそめる。



 ここは、王宮にある宮廷楽士たち専用の控え室。表向き、わたしとローザは病気療養を理由に、園遊会への出席を見合わせたけど……。


 

 鏡越しの庭園での様相から、ことは滞りなく進んでいた。



「あなた、本当に邪魔よジャマっ!」

「怪しまれることもないんだから……」



 そんな顔でこっちを睨まないの! 離れたらいいのでしょ? ローザがくつろぐ長椅子を発って、わたしは窓辺に足を運ぶ。眼下の人のうねりから、空中で戯れる鳥たちにいたるまで。


 わたしは、暇潰しがてらに眺めた。



 ところで、わたしたちの出番はまだかしら?



 果てしない空は、穏やかな快晴だと言うのに、頭からつま先にいたるまで、緊張の糸は張り詰めるばかり。


 お呼びがかかるまでの間、ため息が留めなくあふれる。課題の難曲を弾きこなすため、一週間に渡る特訓を耐え切ったのよ。


 吸って吐いての息は、胸の鼓動とともに速まった。



「最近、貴族の若いご婦人の間で、コルセットをつけない筒状のドレスが流行っているのよ」



 ローザの何気ない世間話に応じて、

「そうなの」

 わたしは再度、視線を下げる。


「本当だわ」


 いつもなら、地上をくるりと回るはずの裾模様が、一つ二つと、片手ほどしか見当たらない。


「それと」


 ローザ曰く! 夜会仕様のドレスと比べると裾丈が短いため、お年を召したご婦人方の間では不評だとか。いつの世も、年を経れば経るほど、新しいものについていけないもの。



「でも、仕立てで使う布面積が小さい分、ドレスにかかる費用は安くすむそうよ」

「まあ……」



 度重なる出産が相まって、体型保持にコルセットが手放せない。女子ならば誰もが、避けようの出来ない『運命』を、己の将来を思い描けば、ご婦人方の苦言は一理あるかな。


 そうだわ。装身具の金銭的な負担を減らすためだと、殿方に根回ししておけば、筒状ドレスを広めることが叶うかもしれない。 


 何せ、シルクを生成する蚕も、育ちにくい年もあるって、ジブリールさまもおっしゃっていたし。



 ことが片づき次第、ご提案してみよう!



「失礼」

「お兄さま」



 ノック音の後、扉の影から兄が顔を覗かせて、

「準備はよいかな。二人とも」

 急かすように尋ねる。



 いよいよ、運命の時が来たのね。



 あえて答えることなく、わたしたちは出口に向かって歩き出した。




「我が王国の至宝たる、宮廷楽団員たちに拍手を」




 左右に並ぶ来賓からの喝采を浴びて、わたしは演壇に向かう。


 周囲と違い、冷めた表情でカタリナさまが手を叩く。今日は、ハンスを随行させていないのね。


 主賓席に向かい、わたしはローザに続いて膝を折った。



 色々と不祥事が重なり、園遊会の開催が危ぶまれたが、通年より規模を縮小しての開催である。指揮を務める楽長の一礼に続いて、みなが一斉に首を垂れた。


 略式のガーデンパーティーなれども、宮廷楽団の奏者は指定の正装でもって着座する。



 あの夜と同じくドレスの裾裳を払い、用意した竪琴を膝に乗せる。指揮者が腕をふり上げる直前、わたしは首元にそっと指を当てた。


 かつて、ジブリールさまが姉に贈った、『ワイズベリル』のチョーカーだ。わたしたち姉妹の瞳と同じ色の貴石に、演奏の成功を願いながら……。



「まあ、なんと……」

「幻の宴曲ではないか」



 社交界の重鎮たちから感嘆の声が上がる。確か、先々代国王の戴冠式以来だったかしら?



「麗しきフルートの音色」

「なんて神々しいのかしら」



 ローザの手によるフルートの独奏に、参列者の誰もが酔いしれる。 



 しっかりしなさい、エスメラルディーナよ。

 さあ、ここから本番よ!



 最大の山場たる『姉妹の別れ』こそ、『春の言祝ぎを女神とともに』を難曲と知らしめた、曰くつきの一節へ向けて、指を懸命に動かす。



 小さい頃、ローザより上手くいかず、泣いていた日々が脳裏をよぎる。

 


 でも、今のわたしは、あの頃とは全く違う!



 主旋律のフルートの独奏が終わるか否か。絶妙なタイミングを測って、竪琴の弦を爪弾く。


 練習よりも軽やかに、そして、幽玄で厳かな雰囲気を醸し出しながら、わたしは限界を超えるまで指を弾いた。




「素晴らしい」

「フルートも竪琴も、見事なまでの独奏だった」

「ええ、とても感動しましたわ」




 アンコールは、正規の楽団員たちに任せるとして、わたしとローザは速攻で撤収よ!



 帰り間際、カタリナさまの目と鼻の先をすぎたけど、冷ややかな眼差しを除けば、邪悪な波動は感じられなかった。 



 まあ、油断は禁物。身を引き締めつつも、わたしたちは演壇から遠ざかった。

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